5,300年前の欧州氷河期の有名なミイラ、アイスマンの胃の中の細菌を分析した結果、殺害される直前の彼の健康状態のみならず、人文地理学的な歴史についても手掛かりが得られた。驚いたことに、彼の胃内細菌株はアジア株と祖先が共通しており、現代ヨーロッパ人の大半が北アフリカ株を祖先とする株を持っているのとは対照的であった。ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)はヒトの中にかなり長期にわたって生息してきた細菌であるため、ヒトが世界中を移動する際にさまざまな株が進化してきた。つまりこの細菌の株の遺伝分析は人文地理学の歴史を解く際に使える。そこでFrank Maixnerらは、生検標本を採って低額所得層の50%までの人々に発生すると推測されるこの細菌を探し、その結果、毒性因子を作り出しているピロリ菌の単一菌株を発見した。これはアイスマンが殺害当日には発病していた可能性があることを示している。驚いたことに、アイスマンが持っていたこの株は先史時代のインド株と高い度合いで祖先が共通しており、しかもこの共通の度合いは、北アフリカ株の痕跡を示す大多数の現代ヨーロッパ株の祖先との共通の度合い以上に高い。対照的にヨーロッパの現代株は、もっと高い度合いで北アフリカ株と祖先が共通している。このことは近年のヒトの移動のヨーロッパ人への強い影響を示唆しており、それは銅器時代以降に起きたに違いないとMaixnerらは述べている。以上のことから、アイスマンの胃内細菌は5,300年前のヨーロッパ人の典型だと推測される。
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