既存ルールの変更に伴って戦略を変える能力、すなわち行動の柔軟性は、脳内にある特定の神経細胞によって制御されていることが、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究員によって明らかになりました。コリン作動性介在ニューロンと呼ばれる神経細胞は、高度な意思決定を司る脳内部位である線条体にわずか1~2パーセントしか存在しない珍しい神経細胞です(図1)。同ニューロンは科学者の間で、行動戦略の転換に関与する神経細胞であるのではないかと予想されていましたが、この度、OIST研究者らの実験によりこれが実証されました。本研究成果は、米科学誌 The Journal of Neuroscience (ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)に掲載されました。
「これらのニューロンについてはあまりよく分かっていませんが、様々な状況変化に対応していける行動の柔軟性に深く関わっている神経細胞だということがこのたび実証されました」と、論文の筆頭筆者でOIST研究員の青木祥博士は述べています。
これまでの研究では、行動中の実験対象の神経活動を記録して、コリン作動性介在ニューロンが果たす役割を特定しようと試みてきました。この手法は、特定のニューロンと、ある行動との相関性を示す強力な指標になりうる一方で、確実性が欠如していました。青木博士の今回の研究では、コリン作動性介在ニューロンに直接作用する毒素を使って同ニューロンを死滅させた上で、そのラットがコリン作動性介在ニューロンをもつ正常なラットと比較して、ルールの変更に対してどのような行動をとるかを観察しました。その結果、相関関係のみならず、因果関係が存在することを青木博士は突き止めました。
数週間にわたっておこなわれた実験では、左右のレバーのうちのどちらかを押すと報酬として砂糖ペレットがもらえることを正常ラットとコリン作動性介在ニューロンを損傷させたラットの両方に学習させました。実験開始日から数日間は、右側のレバーのみから報酬がもらえるように設定しました。どちらのラットも、右のレバーを押すと報酬がもらえるという第一段階を難なくクリアしました(図2A上)。
そこで次は報酬を得るためのルールを変更しました。新しい刺激として光を使い、報酬の出るレバーの上に光が点灯するように設定しました(図2A下)。ただし、報酬の出るレバーは左右無作為に切り替わります。報酬を得るためには、戦略を変え、光という新しい情報を取り込む必要があります。同実験で正常ラットが即座に光に反応を示したのに対し、コリン作動性介在ニューロンを損傷させたラットはこの新しい情報に注意を向けられず、最初に学習したルールに基づいた戦略を繰り返しました。
別の実験条件では、はじめに右側のレバーから報酬がもらえることを学習するときに、左右レバーのどちらかに光を点灯させました(図2B上)。ここでは、光と報酬との間には何ら関係性はありません。どちらのラットも、やはり最初のルールは問題なく学習することができました。その後、光が指示するレバーを選択するルールに変更されました(図2B下)。ラットがより多くの報酬を確保するためには、これまでの行動に無関係だった光刺激に注意を向けなければなりません。しかし、前の実験と同様に、正常ラットがルールの変化に問題なく適応できたのに対し、コリン作動性介在ニューロンを損傷させたラットはうまく対応できず、少ない報酬しか得られない最初に覚えた戦略に固執しました。また、最適な方法でより多くの報酬を得ようとする探索力の低下も見られました。
ここで興味深いのは、背内側線条体のコリン作動性介在ニューロンが損傷しているラットは、今までの行動に無関係だった情報を取り込むことができず(図2B)、腹側線条体にある同ニューロンが損傷しているラットは新しい情報自体をうまく取り込むことができなかった(図2A)という点です。
「線条体内の領域に関係なく、コリン作動性介在ニューロンは共通の役割を果たしています。それは、経験則を抑制して、新しいルールを模索するよう促すというものです。この時、状況や刺激の種類に応じて、線条体内の異なる領域のコリン作動性介在ニューロンがその役割を担います」と、青木博士は説明します。
今回の研究成果が、老化について研究をおこなっている研究者や医療従事者に役立つかもしれません。「コリン作動性介在ニューロンは年齢とともに衰退することから、年をとると頭が固くなるのはなぜかという疑問を解明するヒントが得られるかもしれません」と、今回の論文の上席著者であるOISTの神経生物学研究ユニットのジェフ・ウィッケンス教授は話しています。
本研究は、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムおよび公益財団法人日本科学協会の笹川科学研究助成をうけました。
(ローラ・ピーターセン)
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