【本研究のポイント】
- 抗がん剤治療後の再発の原因となる細胞として知られている慢性骨髄性白血病(CML)(*1)幹細胞(*2)の維持に必要な栄養源獲得のメカニズムを、動物モデルを使って解明しました。
- さらに、この栄養補給の阻害剤を既存の抗がん剤治療と併用することで再発を軽減する新しい治療法を考案しました。
【概要】
CMLは白血病の一種であり、治療後の再発が重大な問題となっています。広島大学原爆放射線医科学研究所の仲一仁准教授(前金沢大学がん進展制御研究所准教授、平成27年4月1日より現職)、瀧原義宏教授らは、韓国CHA大学校CHAがん研究所のSeong-Jin Kim教授、金沢大学医薬保健研究域薬学系の加藤将夫教授らとの国際共同研究を平成22年より行い、CML再発の原因となる「CML幹細胞」の代謝産物を解析し、CML幹細胞の栄養源となる物質を発見しました。さらに、動物モデルを使った研究により、この栄養補給のメカニズムをおさえることで、CMLの再発を軽減する新しい治療法を開発しました。
この治療法は、CML幹細胞の発生起源である造血幹細胞には作用しないことから、副作用の少ない新しいコンセプトの治療法として期待されます。この研究成果は英国のオンライン科学誌Nature Communicationsに8月20日午後6時(日本時間)に掲載されました。
【論文情報】
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Dipeptide species regulate p38MAPK-Smad3 signalling to maintain chronic myelogenous leukaemia stem cells.
著者:Kazuhito Naka (仲 一仁) , Yoshie Jomen (定免由枝), Kaori Ishihara (石原薫理), Junil Kim, Takahiro Ishimoto (石本尚大), Eun-Jin Bae, Robert P. Mohney, Steven M. Stirdivant, Hiroko Oshima (大島浩子), Masanobu Oshima (大島正伸), Dong-Wook Kim, Hiromitsu Nakauchi (中内啓光), Yoshihiro Takihara (瀧原義宏), Yukio Kato (加藤将夫), Akira Ooshima (大島章), Seong-Jin Kim.
Doi: 10.1038/ncomms9039(2015)
【背景】
CML患者の特効薬として、世界初の分子標的医薬として知られるチロシンキナーゼ阻害薬、イマチニブ(*3)が開発され、治療成績は飛躍的に改善されました。しかし、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)をもってしてもCMLは根治せず、治療を止めると再発を起こしてしまうことが明らかになってきました。そのため、患者は高価なTKIを服用しつづけなければならず、とても重大な問題となっています。
最近、このような再発の原因として、CML幹細胞が注目されています。CML幹細胞は非常に多くのCML細胞を生み出すもととなる細胞であり、悪いことにTKIに対して抵抗性を示します。その結果、もし、治療後もCML幹細胞が残ってしまうと、そこから再発が引き起こされると考えられます(図1)。すなわち、CMLの再発を克服するには、このCML幹細胞を根治する新しい治療法を開発することが求められています。
【研究の内容】
本研究ではCMLの動物モデルからCML幹細胞を取り出し、細胞内での代謝産物を解析しました。その結果、ジペプチド(*4)という栄養源がCML幹細胞で非常に高くなっていることを発見しました。さらに、CML幹細胞において、このジペプチドの取り込みを行うメカニズムを解明しました。私たちの体をつくる大切な栄養素のひとつにアミノ酸が知られていますが、ジペプチドはこのアミノ酸が2つつながった物質です。簡単にアミノ酸に分解されることから、栄養素として機能することが考えられます。CML幹細胞は密かにこのジペプチドを取り込み、栄養源にしていたと考えられます。
実際に、ジペプチドの取り込み阻害剤とTKIとの併用治療を行うと、CMLを発症したマウスの再発を軽減できることを見出しました。
【今後の展開】
このメカニズムは正常造血幹細胞において機能していないことから、副作用の少ない治療法となることが期待されます。さらに、この阻害剤は安全な抗生物質として既に承認されている治療薬です。将来、CML幹細胞の栄養補給をターゲットとする阻害剤はTKIとの併用により、CML患者の再発を軽減する新しい治療法となることが期待されます(図2)。
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【用語の解説】
*1慢性骨髄性白血病(CML):成人における骨髄増殖性腫瘍。発症原因として恒常的チロシンキナーゼ活性を示すBCR-ABL1が知られている。数年の慢性期の後、移行期を経て、急性転化期へと進行するため、慢性期のうちに充分な治療を行うことが重要となる。
*2慢性骨髄性白血病(CML)幹細胞:CML細胞を生み出す供給源となる細胞。正常造血幹細胞が発生起源として知られている。チロシンキナーゼ阻害剤に対して抵抗性を示す。治療後、残存したCML幹細胞が再発を起こす。
*3チロシンキナーゼ阻害剤(イマチニブ):BCR-ABL1の恒常的なチロシンキナーゼ活性を直接抑制する世界初の分子標的医薬。CML患者の治療を劇的に改善した。この功績により開発者らはアメリカのノーベル賞と言われるラスカー賞を2009年に受賞している。しかし,治療後の再発が臨床上の重大な問題となっている。
*4ジペプチド:栄養素として知られるアミノ酸が2つつながった物質。分解され、アミノ酸になる。細胞表面に存在するトランスポーターというタンパク質によって、細胞内に取り込まれる。
Journal
Nature Communications