カーボンナノリングの1つであるシクロパラフェニレン(CPP)は、カーボンナノチューブの側面構造をもつ最短の有機分子であり、大きさや構造の揃ったカーボンナノチューブを作る理想的な原料として注目を集めています。CPPに様々な修飾を施すことで、よりカーボンナノチューブ構造に近い分子へと変換させたり、新たな性質を付与したりすることができると考えられますが、これまでCPPに官能基を導入する方法は全くありませんでした。
例えばベンゼン環9つからなる[9]CPPは、炭素水素結合部位を36箇所もっており、その全てが同じ反応性をもっています。一般的な芳香族求電子置換反応を[9]CPPに行うと、1置換体〜7置換体、また多置換体は様々な位置に置換された生成物が全て混ざった状態で生成してしまい、それらを分離して単一化合物として利用するのは不可能です。このような制約から、官能基化CPPはこれまで全て、導入したい官能基をもつ原料物質からさかのぼって合成されていました。これは非常に効率が低いため、CPPを直接官能基化する方法が求められていました。
今回伊丹健一郎教授、瀬川泰知特任准教授らは、CPPとクロムとの錯体形成を経ることによって、CPPに1つだけ官能基が置換した化合物のみを高効率で得る方法を開発しました。ベンゼンなどの単純な芳香族化合物においてよく知られている反応をCPPに応用するというのが今回の着想です。[9]CPPにはベンゼン環が9つあるため、ベンゼン環の数だけクロムと錯体形成を起こすであろうというのが当初の予想でしたが、驚いたことに、どのような反応条件で錯体形成を試してもCPPとクロムがほぼ必ず1:1の割合で錯体形成することが観測されました。分子構造のシミュレーションを行ったところ、CPPクロム錯体においてクロムはCPP全体の反応性を押し下げており、2つめのクロム原子との反応を阻害していることがわかりました。そこで、これを利用することで、CPPに官能基が1つだけ置換した化合物の合成に応用できると考えました。塩基、求電子剤を順に加え、最後にCPPからクロムを外すことによって、ケイ素、ホウ素、エステルといった非常に利用しやすい置換基をもつCPPの効率的合成に成功しました。
本研究によって、CPPを原料とした新たな分子ナノカーボンの構築が可能になりました。CPPはすでに大量合成法が確立され市販化もされているため、本成果は今後の分子ナノカーボン研究のさらなる発展を促す起爆剤になることが期待されます。
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掲載雑誌、論文名、著者
掲載雑誌: Journal of the American Chemical Society(ジャーナルオブアメリカンケミカルソサエティ)
論文名: 6-Cycloparaphenylene Transition Metal Complexes: Synthesis, Structure, Photophysical
Properties, and Application to the Selective Monofunctionalization of Cycloparaphenylenes
(6-シクロパラフェニレン遷移金属錯体:合成、構造、光物性、シクロパラフェニレンの
選択的モノ官能基化への応用)
著者: Natsumi Kubota, Yasutomo Segawa, Kenichiro Itami
(久保田夏実、瀬川泰知、伊丹健一郎)
DOI: http://dx.doi.org/10.1021/ja512271p
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