1.背景
霊長類から昆虫にいたるまで、同性でのカップルは様々な種においてみられます。しかし、このような直接繁殖と結びつかない行動の存在は、一見進化的な矛盾をはらんでおり、行動生態学における大きな謎の一つでした。近年哺乳類や鳥類においては、同性ペアの利益が示されつつありますが、一方で昆虫のような無脊椎動物では、同性ペアはオスとメスを間違えることにより生じる偶発的なものであると、しばしば考えられてきました。
ヤマトシロアリ(Reticulitermes speratus)は北海道から九州まで日本に広く分布している昆虫で、5月前後に翅を持つ繁殖虫が一斉に群飛します。飛行し分散したのちに、翅を落とし、地面を歩行することで、繁殖相手を探索します。そして、異性の個体と出会えた場合には、ペアで木の中に潜り込み、一夫一妻で新たな巣を創設します。しかし時折、オス同士のペアが創設している場合も野外で見られることが報告されてきました。探索時、オスがオスと出会った時の反応とメスと出会った時の反応が異なることから、性の誤認識とは考えにくく、また、一夫一妻のような配偶システムの場合は、一夫多妻や乱婚の時の比べ、性の誤認識により負うコストが非常に高くなるはずです。そのため、シロアリのオスの同性ペアは、繁殖は出来ないにも関わらず、何か利益があるのではないかと予測しました。
2.研究手法・成果
本研究ではまず、オス同士のペアによる巣の創設が本当に生じるかどうかを調べました。単独のオスとオス同士のペア、オスメスのペアで巣の創設までにかかる時間を比較したところ、単独のオスはほとんど巣の創設を始めないにも関わらず、オス同士のペアは、オスメスのペアと同じくらい素早く巣を創設することが分かりました。次に、単独オスとオス同士のペアの生存率を比較すると、オスは単独では生存することが出来ない一方で、オス同士のペアは、互いに協力することで、長期間生存することが出来ることが分かりました。このことから、オス同士でペアを組むことは、生存するための戦略であることが分かります。
生存だけではオスは繁殖することが出来ません。そこで私たちは、オス同士のペアは、他のオスとメスが創設した巣を乗っ取ることで繁殖の機会を得ていると予測しました。オス同士のペアと初期コロニーとを融合可能な状態で飼育したところ、初期コロニーで生まれたワーカー(働きアリ)が探索のため、トンネルをつくると、頻繁にオス同士のペアと初期コロニーとが繋がることが分かりました。そして、一部の実験系では、このトンネルからオス同士のペアのオスが初期コロニーに侵入し、オスメスペアのオスを殺すことで、巣を乗っ取ることが分かりました。乗っ取りが生じた場合、メスと繁殖できるのは、元オスオスペアの片方のオスのみであることが、遺伝子解析から明らかになりました。
最後に、このような同性同士で協力し、未来の繁殖まで生存する戦略は、オス同士で協力せず、メスを探し続ける戦略と比べて有利になる条件を、実験データを用いて数理モデルを構築し調べました。その結果、コロニー融合が生じる確率が低かったとしても、メス探索時の捕食リスクが高い時には、同性ペア戦略が有利になることが明らかになりました。
3.波及効果と今後の展望
無脊椎生物において、これまで挙げられてきた同性間行動の適応的意義の仮説は、他の個体を害するというものや、他のオスを介してメスに精子を送ろうとするものなど、どれも生存にコストを与えるものでした。そのため、同性間行動の生存への利益は調べられていませんでした。本研究では、シロアリにおける同性間ペアは、繁殖の機会を得るまでの間の生存率を上げることで、利益をもたらすということを明らかにしました。本来はメスとペアを組むことが最善ですから、シロアリの同性ペアは次善の策として機能していると考えられます。また、数理モデルによる解析から、このような戦略は捕食圧が高い時に有利であることが示されました。このように同性カップルの意義は同種の個体間の相互作用によって決まる一方で、その有利性を理解するためには、捕食者のような多種との関係を考えることが重要であると考えられます。
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Journal
Animal Behaviour