News Release

「心臓発生を再現する試験管内心臓オルガノイド作製法の開発」

自己組織化による心臓のバイオミメティックモデル

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

Heart organoid generated from mouse ES cells

video: This heart organoid has atria- and ventricle-like structures and also exhibits beating movement. view more 

Credit: Department of Epigenetics,TMDU

 東京医科歯科大学大学難治疾患研究所エピジェネティクス分野の石野史敏教授と李知英准教授の研究グル ープは、同研究所生体情報薬理学分野、同大学医学部循環器内科、同大学院発生発達病態学分野、山梨大 学生命環境学域のグループとの共同研究で、マウスES 細胞から心房と心室構造を持つ心臓オルガノイド の作製技術の開発に成功しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金および東京医科歯科大学学 長特命プロジェクト研究による支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Communications(ネイチャーコミュニケーション)に、2020 年9 月3 日午前10 時(英国夏時間)にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 近年、多能性幹細胞(iPS細胞およびES細胞)から試験管内での心筋細胞分化法や、線維芽細胞から直接リプログラミングによる心筋様細胞作製法などの開発が広く進められています。また、心室様心筋細胞筋と心房様心筋細胞筋を生体工学的に組合わせたヒト心臓様組織の形成なども報告されています。しかし、三次元心臓オルガノイドの作製は、心臓構造の複雑さから困難とされていました。細胞レベルの研究では細胞や組織間の連携機構によって生じる機能解析ができないため、各種臓器オルガノイドは生体器官を模倣した生体の機能解析や臓器における薬剤毒性評価の有用なツールとして期待されています。

【研究成果の概要】  

本研究は、マウスES細胞を用い、FGF4を増殖因子、ラミニンタイプとエンタクチン複合体を細胞外基質として用い、心臓発生に適合した条件を構成することで、心房と心室構造を持ち、様々な生理学的および薬理学的機能性を持つ心臓オルガノイドの作製技術の開発に成功したものです(図1、2)。この技術は試験管内でマウス心臓発生過程を再現することを可能にしており、作製した心臓オルガノノイドは胎仔心臓に高い形態的類似性を示しています。 

 心臓オルガノイドを、多方面から詳細に解析評価を行いました。遺伝子発現(RNA-Seq)解析では、マウスES由来胚様体(EB)※1から心臓オルガノイドへの分化は胎仔の心臓発生に似たグロ-バルな遺伝子発現プロファイルを示しました。組織学的解析では、心臓構成細胞(心筋、内皮、平滑筋)からなる高次的構造に必須なタンパク質の発現が確認できました。また図3に示すように、心室マーカー陽性の心筋細胞と心房マーカー陽性の心筋細胞がオルガノイド内で異なる領域に存在することが確認できました。

 透過型電子顕微鏡 (TEM)を用いた微細構造解析では、心臓オルガノイドにはZバンド※2を含むサルコメア構造に加えて、心筋細胞に特徴的な介在板構造※3の存在も確認されました(図4)。興味深いことに、心臓オルガノイドには伝導系形成に重要なプルキンエ細胞も検出されるなど、オルガノイドの中で心筋細胞が高度に分化・成熟していることが示唆されました。

 機能的解析では、心臓拍動及びCa2+ influxによる心筋収縮を示すことが明らかとなり、オプティカルマッピングによる電気生理学的解析から自発興奮と膜電位が観測できました。また、生体の心臓と同様に心臓オルガノイドは心室と心房特有のパターンの電気生理学的性質を示すことが確認されました。

【研究成果の意義】  

本研究で作製された心臓オルガノイドは、試験官内で形態変化を伴う心臓発生を忠実に模倣できる優れた心臓のバイオミメティックモデルです。本研究は、細胞が本来持つ自己組織化の潜在能力を発揮させるため、最適で最小限の細胞外刺激と細胞外環境を供給しています。生体で起きる発生過程を模倣した試験管内発生を実現した極めて重要な成果です。心筋細胞の成熟度は分化誘導心筋の実用に当たって重要な点であり、本研究で作製された心臓オルガノイドは心筋細胞の成熟度を表すT管※4、カリウムチャンネル分子であるIK1※5、および介在板※3を備えた極めて質の高いものです。機能面においても、これらの心臓オルガノイドは拍動且つ筋収縮制御を示し、電気生理学的特性に関しても、自己興奮と膜電位を示し、生体の心臓で行われる心房から心室への興奮の伝播も十分に再現しました。これらの結果から、今回の心臓オルガノイドは成熟度が高く、薬剤安全性評価のための心毒性検査などに有効な材料になることが期待されます。また、QT延長・不整脈治療や薬剤スクリーニングなどの応用研究における心臓オルガノイドの実用性が高まったと考えられます。

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【用語解説】

※1胚様体(EB、embryoid body): 胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞の浮遊培養によって形成される細胞凝集体。色々な組織への分化能を持ちます。

※2 Zバンド (Z band): 筋原線維の薄い膜で、縦断面ではIバンドの中心にある暗い線として見られます。 Zバンド間の距離により、横紋筋のサルコメアが区切られます。

※3介在板 (Intercalated disc; ID): 隣接する心筋細胞間の物理的な接合部としてデスモソーム、特殊なプロテオグリカン、および2つの細胞間のイオンの通過を可能にするギャップジャンクションで構成されます。 心筋細胞同士を連結させ、張力を細胞から細胞へと伝える装置として心筋の特徴の一つであります。

※4 T管 (Transverse tubule; 横行小管): 筋小胞体の間に位置し、筋線維の長軸に直角に存在する管。T管は活動電位を細胞に迅速に伝達し、心筋細胞がより強力に収縮することを可能にします。

※5 IK1 (Inwardly rectifying K+ channel; 内向き整流性カリウムチャンネル): イオンチャンネルの一つとして心臓の活動電位の制御に重要な役割を果たします。


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