News Release

単細胞生物海ぶどうの葡萄の房は植物の葉と同じ?

海ぶどうの体における遺伝子の使い分けを網羅的に明

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

Umi-Budo Diagram

image: The bubbly fronds and the stem-like stolons are the two main structures found in umi-budo. Both these structures are formed by just one gigantic cell. view more 

Credit: OIST Graduate University

概要 

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)マリンゲノミックスユニットは、沖縄県恩納村漁業協同組合と共同で、沖縄県を代表する食用海藻である海ぶどう(標準和名・クビレズタ)の体における遺伝子の使い分けを網羅的に明らかにすることに成功しました。

 海ぶどうは、時には長さ1 mほどにも成長し、果物のブドウによく似た姿をしていますが、実は全体が巨大な単細胞生物です。この海ぶどうの複雑な形がどのように作られ、各部分がどのような機能を果たしているのか、これまで全く謎に包まれていましたが、この度、研究チームは海ぶどうの体の各部位で働く遺伝子を比較することで、複雑な形状と機能の関係性に迫りました。

 その結果、海ぶどうの体内は物理的に仕切られていないにもかかわらず、つた状の部分では約1,100種、食用となる粒が付いている部分では約1,000種のそれぞれ異なる遺伝子が顕著に働いていることが明らかになりました。また、つた状の部分ではDNAやタンパク質の合成に関わる生命現象の根幹を支える遺伝子群が活発に働いているのに対して、ブドウ状の粒が付いている房部分では光合成や植物ホルモンに関連した成長に関わる遺伝子群が活発に働いていることが分かりました。すなわち、海ぶどうの房部分は陸上植物の葉の部分と同じ遺伝子群が働いており、両者の共通性が遺伝子の発現の上から明らかになりました。研究は、どのようにして1つの細胞内で複雑な遺伝子の使い分けができるのか、という海ぶどうの形づくりの謎を深めつつも解決の糸口を与えるものです。本研究成果は、日本発生生物学会が発行する国際誌 Development, Growth & Differentiation に掲載されました。

研究の背景と経緯 

 沖縄県の特産として知られる海ぶどうは、名前の通りブドウのような粒がついた房を持つ緑色の海藻です。ブドウの粒の部分のぷちぷちとした独特の食感が人気で、近年では日本のみならず海外においても知名度と人気の高まりを見せています。食卓に上る海ぶどうは、温室で栽培され、その親株は1 m以上に成長します。しかし1 mも連なる一本の海ぶどうは、不思議なことにたった一個の細胞で形作られている単細胞生物です。

 ここで二つの問題が浮かびます。一つは生物学の基本的な問題で、どうして1個の細胞がこのような複雑な形を作れるのか、ということです。もう一つは産業としての養殖法の問題で、海ぶどうの養殖では、食用部位である粒ができにくいなど、海ぶどうの形作りに関係した問題が養殖関係者を悩ませています。

「海ぶどうの体はつた状の部分と粒のついた部分の形が明確に異なるものの、体内はひとつながりになっています。海ぶどうの体の各部位がそれぞれ機能を分担しているのか、それとも体全体が同じような機能をもっているのかはこれまで全く分かっていませんでした。粒ができにくいという問題への対処法も海ぶどうの粒が特別な機能を担っているか否かで異なるはずです。そこで私たちは、海ぶどうの各部位が担う機能を把握するために、各部位の遺伝子の働きに着目しました。」と、本研究論文の筆頭著者で、OISTマリンゲノミックスユニットの研究員(当時。現広島大学大学院統合生命科学研究科附属臨海実験所助教)である有本飛鳥博士は、研究に取り組むことになったきっかけについて説明します。

研究内容 

 研究チームは、この春(2019年3月)に、沖縄県恩納村漁業共同組合で養殖された海ぶどうのゲノムを初めて解読して発表しましたが、今回は、この解読したゲノム、すなわち網羅的遺伝子情報を利用して、つた状の部分と、食用となる粒が付いている房部分からRNAを抽出し、OISTの次世代型シーケンサー(超並列シーケンサー)を使って、各部位で働いている遺伝子を網羅的に検出しました。次世代型シーケンサーを用いた遺伝子検出では、調査対象に含まれている遺伝子の種類だけでなく、個々の遺伝子の存在量も計測することができます。本研究では、検出結果を解読した海ぶどうの全遺伝子カタログと組み合わせることで、高精度な結果を得ることができました。

 その解析の結果、海ぶどうの体内には多数の核が、仕切られることなく含まれているものの、海ぶどうがもつ9,311遺伝子のうち、つた状部分では1,129種、房部分では1,027種のそれぞれ異なる遺伝子が顕著に発現していることが分かりました。つた状部分で活発に機能している遺伝子にはDNAやタンパク質の合成など生命現象の根幹に関わる遺伝子が多く含まれていました。一方、房部分では、光合成や植物ホルモンなどの成長に関わる遺伝子群が多く検出されました。これらの結果は、海ぶどうの体内は区切られておらず、すべての部分がひとつながりになっているものの、体の各部位は形状が異なるだけでなく、それぞれ異なった機能を果たしていることを示唆しています。

今回の研究成果のインパクト・今後の展開 

 本研究で得られた健康な海ぶどうの各部位で働いている遺伝子と、生育不良に陥った海ぶどうの遺伝子とを網羅的に比較すれば、生育不良の原因となる遺伝子の働きの変化を検出できるようになります。また、水温や塩分濃度の変化に対して遺伝子の働きがどのように変化するかを研究することで、栽培環境の管理方法の開発や改善に役立つと期待されます。

 本研究で明らかになった海ぶどうの各部位で働く遺伝子の網羅的な情報は、海ぶどうの形作りを制御するメカニズムを理解する基盤となるものですが、一方でますますその形づくりの謎が深まったことも事実です。本研究では、単一の細胞の中でも部位ごとに異なる遺伝子が働いており、ブドウ状の房はまさに陸上植物の葉の働きをしていることが示されました。このことは、海ぶどうの細胞内に散らばった多数の核が部位に応じて異なった遺伝子を使い分けていることを意味しますが、核はどうやって自分がいる場所を認識しているのでしょうか。また、つた状部分から房部分ができる時、核はどのように分布しているのでしょうか。

 本研究論文の共著者で、OISTマリンゲノミックスユニットを率いる佐藤矩行教授は、「たったひとつの細胞が、たくさんの核を動員して、どうしてあのような形が作られるのかという疑問に対する答えが出始めました。この不思議にさらに答える研究を続けたいと思っています。」と研究の意義を強調しています。

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