神戸大学先端融合研究環の的場修教授、システム情報学研究科のManoj Kumar特命助教、全香玉助教らと、京都工芸繊維大学の粟辻安浩教授、宇都宮大学の玉田洋介准教授らの研究グループは、蛍光タンパク質を用いて細胞核を蛍光標識した植物細胞を用いて、ディジタルホログラフィー※1による生細胞3次元シングルショット蛍光・位相イメージングを実証しました。
本技術は、生命科学に必要不可欠になりつつある生細胞イメージングの新しい基盤となるとともに、植物における幹細胞化プロセスの可視化による解明に繋がることが期待されます。
この研究成果は、5月15日に、シュプリンガー・ネイチャー社が出版する科学論文誌Scientific Reportsに掲載されました。
ポイント
>蛍光および位相の高速3次元スキャンレス撮像を可能にする一体化システムを提案した。
>一体化システムにおける蛍光イメージングを定式化した。
>1枚の2次元像から空間3次元の蛍光・位相像を再生し、タイムラプス観察も可能にした。
>植物幹細胞化プロセス解明への応用が期待される。
研究の背景
16世紀末に発明され、17世紀半ばにはフックによる細胞の発見を可能にした光学顕微鏡は、生きた細胞の非染色観察を可能にした位相差顕微鏡(1953年ノーベル物理学賞)や、蛍光タンパク質(2008年ノーベル化学賞)を用いて特定の生体分子を標識し生きた細胞において観察する蛍光生細胞イメージングなどへと進展し、生物学、医学分野において必須の観察ツールとなっています。
位相イメージングは、生物学的標本を通過する光の光学的距離の違いを利用してその構造情報を明らかにします。蛍光イメージングは、生物学的標本に含まれる特定の分子の情報を提供し、その機能を明らかにします。細胞内の構造・活動は複雑であり、それらを解明するためには位相と蛍光を含む多次元物理情報の可視化が有効です。生きた細胞という3次元構造において、複数の物理情報を同時かつ瞬時に取得できるイメージングシステムは、今後の生命科学を革新する基盤技術となると考えられます。
本研究で構築した、位相と蛍光の3次元情報をシングルショットで取得できるハイブリッドマルチモーダルイメージングシステムは、生体試料の構造的および機能的情報を単一のプラットフォームで同時かつ定量的に可視化することを可能にしました。
研究の内容
本研究では、物体からの光波の情報を干渉計測を用いて記録し、計算機による光伝搬計算で元の物体の3次元空間情報を再現するディジタルホログラフィーという技術を基に、物体の位相情報と蛍光情報を同時記録するマルチモーダルディジタルホログラフィック顕微鏡を構築しました(図1)。
この光学系は2つの系から成ります。まず、図1右側に示すのがホログラフィック蛍光3次元イメージング※2系です。3次元蛍光情報を取得するために、微小な蛍光分子から発した蛍光を空間光変調素子※3を用いて2つの光波に分割し、それらの光を干渉させます。この時、一方の光波に少し異なる曲率半径と伝搬方向を与えることで、物体光のもつ3次元情報を保存しつつ、2つの光波がほぼ同軸を進む共通光路型となり時間的に安定した干渉計測が行えます。本研究ではこの光学系を定式化し、記録される干渉強度分布を初めて明らかにしました。この定式化により蛍光再生像を改善するための実験条件を求めることができます。このホログラフィック蛍光3次元イメージングの応用として生きた細胞や組織の同時3次元イメージングが挙げられます。生きた細胞における分子や構造を蛍光タンパク質により標識し、その動態を蛍光顕微鏡などにより観察することが可能です。
本研究にて構築したシングルショット3次元蛍光観察技術により、これまではレーザースキャン(走査)により比較的長い時間がかかっていた3次元イメージングをシングルショット・スキャンレスで行えるようになります。
次に、図1左側に示すのが、本研究で導入したホログラフィック位相3次元イメージング※4系です。生きた植物細胞には、細胞核、ミトコンドリア、葉緑体、細胞壁などが存在し、それらの構造を位相(光路長)の違いにより可視化することが可能です。この系では、マッハツェンダー型干渉計を採用することで、平面参照波を用いることができ、簡単でかつ測定物体に応じた最適な干渉縞を得ることができます。
これら蛍光と位相計測の2つを一体化し、ディジタルホログラフィック顕微鏡を構築しました。
続いてこの顕微鏡を、生きた植物細胞の可視化に適用しました。今回行なった実験では、空間3次元及び時間軸(1次元)を加えた4次元観察が実現可能であることを実証するために、ヒメツリガネゴケと10μm直径の蛍光ビーズを用いました。図2と図3にヒメツリガネゴケの蛍光と位相の同時3次元イメージング実験結果を示します。図2(b)は従来のフルフィールド型の蛍光顕微鏡による蛍光像で、7つの細胞核を見ることができます。その内、番号1、2、4は焦点が合っていますが、その他は奥行き位置が異なるために、ぼけて広がった弱い蛍光像となっています。これに対して本提案手法では、図2(c)の蛍光ホログラムから蛍光の光波情報を抽出し、この情報を元に計算機内での光伝搬計算により奥行き方向に任意の距離で再生した蛍光像が得られるために、異なる奥行き位置にある複数の蛍光に対して焦点の合った像が記録した1枚の画像からスキャンレスに復元されます。3つの面で得られた再生像を図2(d)、 (e)、 (f)に示します。(d)と(e)の間は10 マイクロメートル、(e)と(f)の間は15マイクロメートルです。焦点の合った箇所を黄色の矢印で示していますが、これにより7つの核の蛍光像は3つの面のどれかで焦点が合っていることがわかります。
図3は奥行きの異なる3つの面での定量位相分布を示しています。個々の葉緑体(図3(b)における細胞の端に多数存在する赤いピーク)などを可視化できています。計測した定量位相値から細胞厚さを計算した結果、約17マイクロメートルとなり、他の文献値と近い値を得ることに成功しました。
今後の展開
本技術では、蛍光及び位相同時3次元計測を実現するシングルショットマルチモーダルディジタルホログラフィック顕微鏡を提案しました。これにより定量位相と蛍光イメージングを同時に実現できるため、生きた細胞群や生体組織における生命現象の可視化に新しい基盤技術を提供すると考えられます。特に、本顕微鏡が複雑な植物細胞にも適用可能であることが示されたため、動物細胞よりも再生しやすい植物細胞の幹細胞化プロセスを多角的に解明することに役立ちます。将来的には、本顕微鏡による幹細胞化の可視化をもとに、光刺激による幹細胞化操作を実現し、植物の効率的増殖や成長促進による食料増産につなげるシステムなどへの応用展開が見込めます。
今後の課題としては、光利用効率の更なる向上が挙げられます。ディジタルホログラフィーでは2つの光波の干渉を利用するため、光波を空間的に広げた後、2つの光波に分割し、再び重ね合わせる必要があります。そのため、イメージセンサーで観測するには蛍光エネルギーを大きくする必要があります。その結果、細胞に照射する光エネルギーを大きくする必要があり、生きた細胞にダメージを与える光毒性が大きな問題となります。光毒性を避けるための光利用効率の更なる向上を目指す手段としては、体積型ホログラムの利用などが考えられます。また別の課題として、再生された3次元分布において、光の伝搬方向(物体の奥行き方向)に分布が伸び、精度を低下させる問題があります。この伸びを抑えて再生画像の画質を向上させるために、深層学習を用いる方法やフィルタ処理などに取り組んで参ります。
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謝辞
本研究は、科学研究費補助金基盤研究(A)「非線形ホログラフィック並列細胞操作技術を備えた4次元マルチモーダル顕微鏡」、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」(研究総括: 影山龍一郎)における研究開発課題「ホログラム光刺激による神経回路再編の人為的創出」(研究代表者:名古屋大学 和氣弘明)、神戸大学先端融合研究環極みプロジェクト「ホログラフィック技術による生命現象の4次元計測・操作の実現とその臨床利用」の支援を受けて行なったものです。
用語解説
※1. ディジタルホログラフィー
光は電磁波の仲間であり、光電場は振幅と位相で記述されます。この振幅と位相を記録する技術がホログラフィーです。光波の記録には、物体を通過または反射した物体光と基準となる参照光との干渉を用いて、光強度分布を光感光性フィルムやイメージセンサーで記録します。再生時には記録時に用いた参照光を光感光性フィルムに照射することで元の物体光が再生されます。干渉強度分布をイメージセンサーで記録して、光波の伝搬計算により元の物体光を計算機で復元・再生する方法はディジタルホログラフィーと呼ばれ、3次元計測分野に用いられています。
※2. ホログラフィック蛍光3次元イメージング
蛍光はレーザー光とは異なり、空間的、時間的な干渉性が低い光です。ホログラフィーでは2つの光波の干渉が必要なため、光波を分割するビームスプリッタや回折格子などを用いて蛍光自身の光から複数の光波に分割することで干渉を得て、物体の3次元情報を取得する技術です。
※3. 空間光変調素子
光波を空間的に制御する装置のことで、光の強さ(振幅)や光波の速度(位相)を画素ごとに制御することができます。
※4. ホログラフィック位相3次元イメージング
干渉計測では2つの光波の位相差を干渉強度として計測します。参照光に平面波と呼ばれる一様な位相分布をもつ光波を用いると、物体光のもつ位相分布を抽出することができます。また、光波の振幅の2乗が強度となるため、物体光の振幅分布と位相分布の両方を求めることができます。これを用いて、元の物体面までフレネル伝搬計算や角スペクトル伝搬計算などの光伝搬計算法を用いることで、元の物体光の強度分布や位相分布を計算機内で再現することができます。位相分布を定量的に求めることができるため、細胞厚さ分布や屈折率分布などの計測にも利用できます。
Journal
Scientific Reports