News Release

すばる望遠鏡 Hyper Suprime-Cam が描き出した最初のダークマター地図

Peer-Reviewed Publication

National Institutes of Natural Sciences

A 14 Arc Minute by 9.5 Arc Minute Section of a Hyper Suprime-Cam Image

image: Image 1: A 14 arc minute by 9.5 arc minute section of a Hyper Suprime-Cam image, with contour lines showing the dark matter distribution. view more 

Credit: NAOJ/HSC Project

このニュースリリースには、英語で提供されています。

国立天文台、東京大学などの研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡に新しく搭載された超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC) を用いて、「ダークマター」の分布の広域探査を進めています。今回研究チームは、HSC での観測初期に取得されたデータを用いた解析から、2.3 平方度にわたる天域におけるダークマターの分布を明らかにし、銀河団規模のダークマターの集中がこの天域に9つ存在することを突き止めました。ダークマター分布の広域探査は、宇宙膨張を支配する「ダークエネルギー」の強さや性質を調べる上でカギとなります。今回の初期成果によ り、ダークエネルギーの謎に迫るために必要な観測装置と解析手法が確立したことが示されました。研究チームは最終的に観測天域を 1000 平方度以上に広げ、ダークマターの分布とその時間変化から宇宙膨張の歴史を精密に計測する、という課題に取り組みます。

1929年にエドウィン・ハッブルが宇宙膨張を発見して以降、宇宙膨張の速度は次第に減速するだろうと考えられていました。宇宙に存在する天体同士で引力が働くことで、膨張の効果が弱まると思われていたからです。ところが1990年代後半、現在の宇宙膨張が実は加速しているということが、遠方超新星の観測から明らかになってきたのです。加速を実現するには、斥力 (互いを遠ざけようとする力) を持つような「ダークエネルギー (暗黒エネルギー)」が存在するか、重力法則を変更するかしなければなりません。いずれにせよ、従来の物理理論の枠組みでは説明できない大発見です (注1)。

宇宙膨張加速の謎を解き明かすには、宇宙膨張と天体形成の進行度との間にある関係に注目することが有用です。例えば宇宙膨張が速ければ、物質が集まる時間がなく天体の形成は遅れ、逆に宇宙膨張が遅ければ天体形成は速いはずです。つまり、天体形成の進行度合いを宇宙膨張の歴史に焼き直すことができるのです。ただし、宇宙では天体のほとんどが光を発しない「ダークマター (暗黒物質)」で構成されているため、従来の観測方法では全貌を捉えることができないという困難がありました。

その困難を克服する有望な方法の一つが、「弱重力レンズ効果」を用いた観測です。ダークマターの集まりがあると、それより遠方にある銀河の像は、重力レンズ効果で変形します。逆にこの変形量を調べることで、ダークマターの分布を調べることができるのです。広い天域で多数の銀河を観測し、像の歪みから手前にある天体の形成の進行度を調べることで宇宙膨張史に迫り、そして最終的にはダークエネルギーの強さ、そしてどのように時間変化するかなどの性質を推定するのです。

このためには、数十億光年より遠方の暗い銀河を 1000 平方度以上の広い天域に渡って捜索し、その形状を精密に計測する必要があります。すばる望遠鏡では主焦点カメラ (Suprime-Cam) が広視野カメラとして活躍してきましたが、それを持ってしてもこれほどの広域観測は現実的ではありませんでした。「そこで高い結像性能は維持したまま視野を7倍以上に拡げる Hyper Suprime-Cam (HSC) を 10 年かけて新たに開発したのです」と、HSC 開発責任者の宮崎聡さん (国立天文台先端技術センター) は語ります。

HSC は2012年にすばる望遠鏡に新たに搭載され、性能試験観測を経て2014年3月から共同利用観測を開始しています。また5年間で 300 夜を投じる巨大な「戦略枠プログラム」も始まっています。計8億 7000 万画素を持つ HSC は満月9個分の広さの天域を一度に撮影できる世界最高性能の超広視野カメラですが、視野全体でわたって概ね 0.5 秒角 (7000 分の1度角) ほどの空間分解能を達成していること、そして得られる星像の歪みも極めて小さいことが、性能試験観測データから確認されています。

今回、国立天文台、東京大学などの研究者からなる研究チームは、HSC の性能試験観測で取得された 2.3 平方度のデータを用いて、弱重力レンズ解析を行いました。わずか約2時間の露出時間にもかかわらず、画像には無数の銀河が写し出されました。研究チームはこれら微光銀河の形状を精密に測定し、ダークマターの分布を調べたのです。その結果、銀河団規模のダークマターの「かたまり」が9つ、この観測領域で検出されました。また別の望遠鏡で得られた多波長画像から、HSC で特定された「かたまり」に対応する銀河団も見つかりました。つまり、HSC の観測データによる弱重力レンズ解析と、結果として得られる「ダークマター地図」の信頼性が確認されたのです。

また、今回の弱重力レンズ解析で検出された銀河団の数が、宇宙モデルの予測よりはるかに多いことも分かりました。観測天域がたまたまダークマターが密集した場所だったのか、あるいは過去においてダークエネルギーが期待されていたほど存在せず、緩やかな宇宙膨張のなかで天体形成が早く進行した結果なのかは、現時点でははっきりしませんが、さらに詳しく調べるためにより広い天域での観測結果が期待されています。

弱重力レンズ解析からダークマター分布図を作り、銀河団規模の天体を特定する手法は、天体の質量そのものを頼りに天体捜索をすることに相当します。そのため、得られる天体の質量の精度が高い (注2) という利点があります。こうして得られたダークマターの「質量地図」は、これは宇宙膨張史を精密に計測するという課題に取り組む上で決定的に重要なのです。

研究チームを率いる宮崎さんは「今回の初期成果により、ダークエネルギーの謎に迫るために必要な観測装置 HSC と解析手法が確立したことが示されました。最終的に観測天域を 1000 平方度以上に広げ、ダークマターの分布とその時間変化から宇宙膨張の歴史を精密に計測する、という課題に取り組みます」と意気込みを語っています。

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この研究成果は HSC による最初の科学的成果で、アメリカ天文学会の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』の2015年7月1日号への掲載が決まっています (Miyazaki et al. 2015, ApJ 807, 22, "Properties of Weak Lensing Clusters Detected on Hyper Suprime-Cam 2.3 Square Degree Field")。また本研究は、科学研究費補助金 (18072003 および 26800093)、世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラムのサポートを受けています。

Notes:

(注1) 実際、この発見をした研究者には2011年にノーベル物理学賞が授与されています。

(注2) 従来の天体捜索は電波・可視光線・X線など電磁波を強さを頼りに行われてきましたが、天体が発生する電磁波の強さと質量とは必ずしも簡単な関係にはないため、得られる天体の質量には大きな不定性があります。

Movie: https://www.youtube.com/watch?v=uT2o1K7wyWg すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam が映し出した無数の銀河と、弱重力レンズ解析で得られたダークマターの分布図。 クレジット:国立天文台/HSC Project

Contacts:

- Science Contact
宮﨑 聡(みやざき さとし)
国立天文台先端技術センター 准教授
電話:0422-34-3871(研究室)
電子メール:satoshi@naoj.org

- PR contact
藤原英明(ふじわら ひであき)
国立天文台ハワイ観測所 広報担当サイエンティスト
電子メール: hideaki@naoj.org
電話: +1-808-934-5922


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