image: OCP with incorporated pyromellitic acid showed a brilliant blue emission under UV light owing to the incorporated fluorescent molecule. Incorporation of organic molecules into OCP imparted new functions, which could enable the development of novel functional materials for biomedical applications, especially bone repairing. view more
Credit: Department of Inorganic Biomaterials,TMDU
東京医科歯科大学生体材料工学研究所無機生体材料学分野の横井太史准教授と川下将一教授の研究グループは、一般財団法人ファインセラミックスセンター、名古屋大学、大阪大学、東北大学との共同研究で、人工骨の素材として期待されている層状リン酸カルシウムの結晶の中に蛍光性テトラカルボン酸を導入した新規材料の合成に成功しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、ライフイノベーションマテリアル創製共同研究プロジェクト、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」のCOREラボ共同研究プログラム等の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Communications Chemistry(コミュニケーションズ ケミストリー)に、2021年1月11日、オンライン版で発表されました。
【研究の背景】
医療技術の進歩と生活環境の向上により「人生100年時代」を迎えようとしています。長い人生の生活の質(QOL)を高く保ちながら元気に生きるための医療材料開発は、国民全体の幸福に繋がることから強く求められています。高齢者が寝たきりになれば本人のQOLが低下するだけでなく、介護する家族にも大きな負担となります。寝たきりの原因の25%が骨折などの運動機能障害であることから、これの早期回復を支援する高機能人工骨の開発は大変重要と言えます。
リン酸カルシウムは、ケガや病気で損傷した骨を修復するための人工骨として広く用いられています。層状リン酸カルシウムも2018年頃から人工骨として日本国内で使用されています。層状リン酸カルシウムはその名の通り、二次元シートが積み重なった層状の結晶構造を持つ物質です。層状リン酸カルシウムは、結晶の中に(主に)ジカルボン酸※4を導入できるという特別な性質を持つことが知られています。しかしながら、層状リン酸カルシウムへの導入が検討されてきたカルボン酸はシンプルな構造の分子が中心であり、これらの導入による層状リン酸カルシウムへの機能付与はほとんど報告がありませんでした。
本研究グループでは、層状リン酸カルシウムに機能性分子を導入できれば機能を自在に設計した次世代人工骨を得られると考えて、従来よりも複雑な分子構造を持つ機能性カルボン酸を導入した層状リン酸カルシウムの合成にチャレンジしてきました。
【研究成果の概要】
本研究グループでは、機能性カルボン酸としてテトラカルボン酸の一種であるピロメリット酸に着目しました。ピロメリット酸は蛍光性分子として知られています。これまでに層状リン酸カルシウムへのテトラカルボン酸の導入報告例はありませんでしたが、合成プロセスにおける反応条件を最適化することで、ピロメリット酸を導入した層状リン酸カルシウム(以下、ピロメリット酸含有層状リン酸カルシウム)の単相合成に成功しました。
蛍光スペクトルの測定結果から、ピロメリット酸自体は270~320 nmの光を吸収して紫外光発光(@340 nm)するのに対して、ピロメリット酸含有層状リン酸カルシウムは260~340 nmの光を吸収して可視光発光(@450 nm)することが分かりました。
汎用的な紫外線ランプ下で層状リン酸カルシウム粉末、ピロメリット酸およびピロメリット酸含有層状リン酸カルシウムを観察した結果を図に示します。これらの試料は可視光下ではいずれも白色の粉末です。層状リン酸カルシウム自体は蛍光性を持たないので、紫外線下で撮影した写真では写っていないように見えます。ピロメリット酸は、蛍光性を有するにも関わらずあまり光っていないように見えます。これはピロメリット酸の蛍光波長が紫外域にあり、ヒトの目にはほとんど見えないためです。これに対して、ピロメリット酸は層状リン酸カルシウムの結晶中に存在すると蛍光波長が変化し、ピロメリット酸含有層状リン酸カルシウムは青色発光を示すことが分かりました。ピロメリット酸の環境変化(層状リン酸カルシウム結晶の中にあるか、外にあるか)で蛍光性がON/OFFするかのように見える特性は、“ヒトの目”の光学特性を巧みに利用したセンシング技術に応用できる可能性があります。
また本研究において、層状リン酸カルシウム結晶に導入されたピロメリット酸の構造を計算化学の手法を使って明らかにしました。これまでに報告されているジカルボン酸含有層状リン酸カルシウムの層間距離とジカルボン酸のサイズ(正確には、ジカルボン酸のカルボキシ基の炭素原子間の距離)の関係を調べ、これらの間の比例関係を導き出しました。ピロメリット酸含有層状リン酸カルシウムの層間距離は22.9 Å※5でしたので、比例式からピロメリット酸は結晶中において5.59 Å程度のサイズを持っていると推定されました。ピロメリット酸のカルボキシ基間の距離を計算した結果、パラ位のカルボキシ基間の距離がこの推定値に近いことから、層状リン酸カルシウムの結晶中においてピロメリット酸はパラ位のカルボキシ基を主に結合に使っていることが分かりました。
【研究成果の意義】
本研究では人工骨の素材として注目されている層状リン酸カルシウムを分子レベルで有機修飾する技術を高度化し、世界で初めてテトラカルボン酸の導入に成功しました。さらに本研究で得られたピロメリット酸含有層状リン酸カルシウムが紫外線照射下で美しい青色発光を示したことから、カルボン酸の導入によって層状リン酸カルシウムへの機能付与が可能であることを実証しました。
本研究で得られた成果に基づいて、骨修復と骨欠損部位の蛍光センシングを可能にする次世代人工骨開発を展開したいと考えています。さらに、層状リン酸カルシウムをプラットフォームマテリアルとして利用し、分子レベルで機能を設計した多機能バイオマテリアル(例えば、抗がん剤や抗菌剤を導入した人工骨、ドラッグデリバリーシステムの薬剤担体、in vivoバイオイメージングプローブ等)の研究・開発が進むことが期待されます。
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【用語解説】
※1人工骨 骨の欠損部を補填し、その機能を修復する材料。人工骨の素材としてはリン酸カルシウム系セラミックスが広く使用されている。
※2層状リン酸カルシウム 層状構造を持っているリン酸カルシウムで、リン酸八カルシウム(OCP)とも呼ばれる。(組成式:Ca8(HPO4)2(PO4)4·5H2O)。
※3テトラカルボン酸 分子中に4個のカルボキシ基(-COOH)を有するカルボン酸。
※4ジカルボン酸 分子中に2個のカルボキシ基(-COOH)を有するカルボン酸。
※5 Å Å(オングストローム)は長さの単位で10-10 mを意味する。
Journal
Communications Chemistry