沖縄では亜熱帯の海岸線に沿って海藻の養殖が盛んに行われており、年間の生産量は数万トンにのぼります。しかしながら、海水温の上昇などにより生産量が安定しておらず、新たな養殖技術の確立が喫緊の課題となっています。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者と恩納村漁業協同組合のグループは、健康食材として人気の高い海藻、イトモズクのゲノム(全遺伝情報)の解読に成功しました。このデータは褐藻類の遺伝学的特徴の理解につながるだけでなく、地元の生産者にとって重要な情報となる可能性があります。
3月14日付けでScientific Reports誌に掲載された論文では、イトモズクのドラフトゲノム配列が世界で初めて明らかになりました。この研究を行った研究チームは、3年前にも、別の沖縄の食用海藻であるオキナワモズクのドラフトゲノム解読に、世界で初めて成功しています。イトモズクとオキナワモズクには、血栓やがん性腫瘍の形成を予防するなど、多くの生理活性があると考えられている硫酸多糖「フコイダン」というぬめり成分が、高濃度で含まれています。この度研究グループは、フコイダン含有量を高めている可能性がある遺伝子領域の配列を決定することに成功しました。この発見によりイトモズクの健康食品産業への応用が期待されます。
また本研究は、健康効果のあるモズクの遺伝子を明らかにしただけではなく、養殖業にも役に立つ可能性があります。
「将来的には、イトモズクの新たな養殖技術を開発したいと考えています。」と話すのは、本研究論文の筆頭著者であり、佐藤矩行教授が主宰するOISTマリンゲノミックスユニットのスタッフサイエンティストである西辻光希博士です。西辻博士は現在、イトモズクと近縁種を区別するためのDNAマーカーの開発に取り組んでいます。
「DNAマーカーを使うと交雑育種が可能になります。交雑育種は、小麦やジャガイモなど、陸上植物で新品種を作る際によく用いられる手法ですが、これまでに食用海藻において遺伝学的に成功したという報告はありません。」と同博士は説明します。
マリンゲノミックスユニットは、OISTキャンパスからほど近い恩納村漁業協同組合の協力のもと研究を行いました。恩納村漁協により2006年に作出されたイトモズク「恩納1号」株が、今回のゲノム研究のためにOISTに提供されました。同ユニットでは、恩納村漁協から提供されるサンプルのゲノム解析を継続し、さらにイトモズク研究を推進していくことを考えています。
「今後も『沖縄海藻ゲノムプロジェクト』を進めていくことを計画しています。将来的には、沖縄から海藻ゲノム研究をリードしていくことができればと考えています。」と西辻博士は話します。
モズクにある「フコイダン工場」
褐藻類だけが合成できるフコイダンは、昆布やわかめなどの褐藻類よりも、イトモズクとオキナワモズクにはるかに多く含まれています。その理由は、遺伝子に組み込まれているのかもしれません。
研究者らは、モズク類のゲノムではフコイダン合成に必要な遺伝子の一部が融合していることを発見しました。それらの遺伝子にはフコイダンの生合成に必須となる酵素の情報が書き込まれています。通常、これら酵素遺伝子が一つずつ発現していると考えられます。一方モズク類では遺伝子が融合しているため、その両方の機能を持つ酵素遺伝子が発現していることが明らかになりました。モズク類はこのように二刀流の酵素を持つため、他の褐藻類と比べると驚くほどの多くの量のフコイダンを合成できるのではないかと西辻博士は話します。
本研究ではイトモズクが、オキナワモズクにはない、さらなる融合遺伝子を持つことも明らかになりました。この融合遺伝子の働きにより、生理活性の鍵になると考えられているフコイダン中の硫酸基の数が増えるのではないかと予測されます。今後同ユニットでは、さらなる褐藻のゲノムデータの収集を行い、この仮説を検証していくことを計画しています。
「陸上植物では長い間遺伝学的研究が行われてきていますが、海藻ではそのような研究はありませんでした。」と西辻博士は話します。マリンゲノミックスユニットでは、日本で文化的、経済的そして生物学的に重要な意味を持つ海藻について、今後さらに理解を深めていきたいとしています。
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Scientific Reports