東京医科歯科大学難治疾患研究所の仁科博史教授と岡本(内田)好海博士の研究グループは、生体材料研究所の影近弘之教授、湯浅(石上)磨里助教、細谷孝充教授、吉田優准教授、細胞プロテオーム解析室の笠間健嗣准教授と名和眞希子技術専門職員、オーストリア IMBA 研究所の Josef M Penninger 所長、国立成育医療研究センター眼科の東範行医長、仁科幸子医員の研究グループとの
共同研究で、哺乳動物の臓器の元となる中胚葉と内胚葉を形成する原始線条の形成に必要な代謝経 路の解明に成功しました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌 Scientific Reports(サイエンテイフィッ ク レポーツ)に、2016 年11 月 24 日午前 10 時(英国時間)にオンライン版で発表されます。
【研究の背景】
哺乳動物の受精卵は、細胞分裂を繰り返し、器官の基となる外・中・内の三胚葉を形成します。外胚葉は胚盤葉上層から形成され、中胚葉と内胚葉は原始線条からダイナミックな細胞移動と細胞分化を経て形成されます(図1A)。それ故、原始線条は“細胞分化の入り口(gate of differentiation)”と呼ばれる個体発生を運命づける極めて重要な組織です。これまでにマウス原始線条から中胚葉や内胚葉の形成に関与する遺伝子は複数同定されてきましたが、これら遺伝子発現を支える「代謝」に関しては不明な点が多く残されています。
【研究成果の概要】
本研究チームはこれまでに、マウス胚性幹(ES)細胞を用いて、未分化細胞から原始線条様細胞集団を経て、拍動する心筋細胞(中胚葉由来)やアルブミンを産生する肝細胞(内胚葉由来)を分化誘導する細胞分化誘導系を確立してきました。本 ES 細胞分化誘導系の特徴は、原始線条形成が阻害されると、外胚葉由来の突起のある神経細胞分化が促進されることです(Stem Cell Dev 2010; BBRC 2013; PLoS ONE 2015; 図2)。すなわち、本細胞培養系を用いれば、拍動する心筋細胞あるいは突起を伸ばす神経細胞の有り無しという視覚的観察から、原始線条形成に必須の代謝経路をスクリーニングすることが可能です。そこで本研究では、東京医科歯科大学が所有する 1,600 種類から成る既知化合物を用いてスクリーニングを行い、コレステロール低下薬スタチンが原始線条形成を抑制することを見出しました(図3)。さらに、組織学的および分子生物学的・ケミカルバイオロジー的手法、マイクロアレイ、メタボローム解析、ハプロイド ES 細胞分化系や小型魚類のゼブラフィッシュ発生系を駆使して、原始線条形成に必要な代謝経路を解析しました。その結果、原始線条形成には、脂質代謝経路の1つであるメバロン酸経路とその下流のファルネシル 2 リン酸によるタンパク質のファルネシル化と呼ばれる脂質修飾過程が必須の役割を果たしていること、一方、コレステロール合成は必須ではないことを明らかにしました(図1B)。特に、本研究ではファルネシル化タンパク質の一つ、核膜の裏打ちタンパク質であるラミン B1 が原始線条形成過程の一旦を担うことを初めて明らかにしました。また、本研究成果によって、これまで不明であったヒドロキシメチルグルタリル CoA レダクターゼ(HMGCR)欠損マウスとファルネシル基転移酵素(FTase)欠損マウスの致死の原因を関連づけることができました。これまで未解明な点が多かった原始線条形成に必須な代謝経路の一部を解明した研究成果です。
【研究成果の意義】
今回の研究成果から、小型魚類から哺乳類動物の中胚葉および内胚葉を形成する重要な組織である原始線条形成には、メバロン酸経路が必須の役割を果たしていることが明らかになりました。スタチンは人類が発明した最も優れた薬の一つです。一方、米国食品医薬品局(FDA)は、スタチンを FDA 薬剤胎児危険度分類基準 X(妊娠中は禁忌)に分類しています。しかしながら、その分子機構はほとんど分かっていません。それ故、本研究成果は、妊娠期の高コレステロール血症治療等に対する安全な薬物治療設計の一助になると考えられます。既に我々は、FDA 薬剤胎児危険度分類基準 X に属する他の薬剤の多くも、本細胞スクリーニング系で評価できることを報告しており(PLoS ONE 2015)、本マウス ES 細胞分化誘導系は医薬品の胎児リスク評価系開発へと応用されることが期待されます。
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Journal
Scientific Reports