News Release

酵母の遺伝子スイッチを人工的に作りだす新たな手法を開発

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

図1

image: 遺伝子スイッチ view more 

Credit: 冨永将大, 能崎健太, 梅野太輔, 石井純, 近藤昭彦

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科 / 先端バイオ工学研究センターの冨永将大研究員※1、石井純准教授※2、近藤昭彦教授※3、千葉大学大学院工学研究院の梅野太輔教授らの研究グループは、モデル真核生物の出芽酵母において遺伝子スイッチ(遺伝子発現を制御するシステム)を人工的かつ迅速・簡便に作りだす新たな手法を開発することに成功しました。今後、開発した遺伝子スイッチを用いて、有用物質を大量生産する高度にデザインされた人工制御型酵母細胞の開発などが期待されます。

この研究成果は、3月23日(現地時間)に、英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

※1 高機能遺伝子デザイン技術研究組合(TRAHED)研究員 ※2 同 神戸拠点・副拠点長 ※3 同 神戸拠点・拠点長

ポイント

  • 新しい生物機能を人工的に生み出すには、遺伝子からタンパク質が作られる(遺伝子が発現する注1)量とそのタイミングを制御する「遺伝子スイッチ」が重要である
  • 特に真核生物の遺伝子スイッチ開発は遅れており、同時に制御できる遺伝子の数は大きく制限されていた
  • 遺伝子の発現量に対する"足切りライン"を自在に設定できる新たな選抜方法を開発し、高い性能を示す人工型の酵母遺伝子スイッチを迅速・簡便に作りだすことに成功した
  • 複雑な細胞内代謝を担う代謝酵素の発現バランスの最適化が必須の物質生産細胞の構築など、多数の遺伝子発現の量・タイミングの緻密な制御が求められる幅広い用途への展開が期待される

研究の背景

生命の機能は、生物が持つ遺伝子の数や種類だけでなく、遺伝子からタンパク質が「いつ、どのくらい」作られるか(発現するか)によっても大きく変わることが知られています。そこで近年では、合成生物学と呼ばれる分野において、遺伝子の発現を自在にコントロールすることで、これまでにない細胞機能を生み出す試みが盛んです。遺伝子発現の量、タイミングの制御には、「遺伝子スイッチ」と呼ばれる、細胞内外の刺激(例えば化学物質の存在)に応じて遺伝子の発現をON/OFFする機構が必要です(図1)。「遺伝子スイッチ」は、細胞の機能を自在に設計・構築することを目指す合成生物学に欠かせないツールです。大腸菌のようなシンプルな原核生物では、多くの遺伝子スイッチが開発されてきました。一方で、ヒトや植物、酵母などの真核生物は、遺伝子発現の仕組みが複雑であり、遺伝子スイッチの開発が遅れていました。モデル真核生物の出芽酵母でさえ、その細胞機能のデザインは大きく制限されていました。

研究の内容

遺伝子スイッチを構成する要素について、どこをどのように変えると遺伝子の発現をコントロールできるようになるか、その予測は困難です。そのため、遺伝子スイッチの一部あるいは全体にランダムな突然変異注2を導入した「遺伝子スイッチの変異体ライブラリ」を作製し、その中から性能の良い変異体を選び出す「進化分子工学」という手法が有効です(図2)。多数の変異体を作り出すのは簡単ですが、それらの中から性能の良い変異体を手早く見つけ出す必要があります。遺伝子発現がOFFであるが、特定の刺激を与えたときに遺伝子発現がONとなる細胞だけが生き残るような人為的な「淘汰 (セレクション)」を行います。しかし、セレクションが強すぎる、あるいは弱すぎると、変異体を絞り込むことができません。遺伝子スイッチ変異体の機能セレクションでは、ON状態とOFF状態、その両方において、最適な強さのセレクションが必要であるものの、事前に予測することは困難でした。

そこで、神戸大学と千葉大学の共同チームは、セレクションに用いる薬剤の種類や濃度を変えることで、さまざまな強さのセレクションを並列に実施できるワークフローを確立しました。セレクション後の変異体の集団は、個々の変異体が外部刺激によってどのくらい遺伝子発現がONになるかを、緑色蛍光タンパク質(GFP)に由来する蛍光の変化をもとに解析すれば、最も適切なセレクション条件、すなわち高い性能を示す遺伝子スイッチ変異体が頻出する条件を簡単に見つけることができます。この手法を用いて、これまでに酵母で開発されてきた中で最も高い性能を示す遺伝子スイッチと同等の性能を持つ、3つの新たな遺伝子スイッチの開発に成功しました。

この3つの遺伝子スイッチを組み合わせることにより、特定の組み合わせで2つの化合物が存在する時にだけ作動する「AND制御型」のオレンジ色素(βカロテン)生合成能をもつ酵母を作出できました(図3)。

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今後の展開

開発したセレクション手法を用いることで、さまざまな性能や特徴を持つ新しい酵母遺伝子スイッチのラインナップが迅速に拡充され、並列に制御できる遺伝子の数が飛躍的に高まると予想されます。こうして開発した遺伝子スイッチを組み合わせることで、細胞の機能の自在な設計、たとえば、有用物質の大量生産のために高度にデザインされた人工制御型の酵母細胞の開発などが期待されます。

用語解説

注1 遺伝子発現:

タンパク質をコードする遺伝子はA, T, G, Cの4種類の塩基で構成され,その配列を鋳型にしてタンパク質が作られる。その過程を遺伝子の「発現」と呼ぶ。

注2 突然変異:

遺伝子を構成する塩基の種類が変わることを指す。タンパク質の配列も変わり,その結果タンパク質の機能が変わる。

謝辞

本研究の一部は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業(バイオ医薬品の高度製造技術の開発)「バイオ医薬品の多品種・大量製造に適した微生物による高度生産技術の開発」「高性能な国産細胞株の構築」、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発「高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発」、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(探索加速型「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域)「光駆動ATP再生系によるVmax細胞の創製」、日本学術振興会(JSPS)新学術領域「生物合成系の再設計による複雑骨格機能分子の革新的創成科学」(JP16H06450)およびJSPS科研費JP18K14374, JP15H04189, JP15K14228の支援を受けて実施しました。

論文情報

タイトル

“Robust and flexible platform for directed evolution of yeast genetic switches” DOI:10.1038/s41467-021-22134-y

著者

冨永将大, 能崎健太, 梅野太輔, 石井純, 近藤昭彦

掲載誌

Nature Communications


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