News Release

グラフェン上に分子集合体を 1方向に揃えて並べる新しい手法を発見

グラフェンによる電子特性制御や分子エレクトロニクス技術の実現に向けて

Peer-Reviewed Publication

Institute of Transformative Bio-Molecules (ITbM), Nagoya University

Molecular Assemblies on Graphene Grow in Perfect Orientation by Atomic Force Microscopy (AFM) Tip Sc

image: The gray plane on the bottom represents the graphene surface. The stick-like particles consisting of red, white, yellow and gray colored balls represent surfactant (sodium dodecyl sulfate (SDS)) molecules. The gray colored reverse pyramid-like structure represents the probe tip of AFM. view more 

Credit: ITbM, Nagoya University

 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)及び科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの伊丹 健一郎教授、宮内 雄平客員准教授、西原 大志特任助教、ホン リウ博士研究員らのグループは、グラフェンのような平面状の物質(2次元物質)の表面に、棒状の細長い分子を1方向に揃えて並べる新しい手法を見出しました。グラフェンは、次世代エレクトロニクス材料として期待されている炭素でできた平らなシートです。近年、グラフェンの電流を流す性質の制御や、グラフェンで作った電子デバイスの性能を向上させる手段として、表面上に規則正しく並んだ分子の集合体を形成することに注目が集まっており、その手法が盛んに研究されています。

 今回、研究グループは、細長い分子がグラフェン上に並ぶ性質を、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope, AFM)と呼ばれるナノメートルサイズの構造を観察する装置を使って制御できることを見出しました。AFMは、観察する試料の表面に細く尖らせた針(探針)を押し付けながら一列ずつ走査(スキャン)し、試料の表面と探針の間に働く力を検出することで、ナノスケールの凹凸を画像化することができる装置です。研究グループは、グラフェンの上によく吸着することが知られているSDS注1)と呼ばれる細長い分子をモデルケースとして、AFMスキャンが表面吸着に与える影響を調べました。まず、AFMの探針を試料に押し付ける力があまり強くならないように調節して、観察を行ったところ、分子が、様々な方向にランダムに向いた状態でグラフェン表面に吸着している様子が確認されました。次に、AFMの探針を試料に押し付ける力を強くして観察をしたところ、吸着した分子の細長い集合体が、向きを揃えて徐々に並んでいく様子が確認できました。

 そこで、研究グループは、理論計算を用いて、どうしてこのような現象が起こるのかを検討し、最終的に、AFMの探針を押し付ける力とスキャン方向を精密に調整することで、分子集合体が成長する方向を完全に制御できることを突き止めました(図1)。さらに詳しい研究によって、この現象は、AFMの探針を一定の方向にスキャンすることで、グラフェン上での細長い吸着分子の向きに応じた居心地の良さ(安定性)が、方向に応じて異なる状態が生じること(実効的な表面対称性の低下)により実現していることも判明しました。今回の研究では、グラフェンの上にモデル分子を並べましたが、そのメカニズムは、AFM探針のスキャンによって生じる動力学的な対称性の低下という普遍的な物理現象に基づくことから、今後、2次元物質の電子特性制御や分子エレクトロニクスなどに役立つ技術の実現につながることが期待されます。

 本研究成果は、英国電子版科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

【本研究のポイント】

・グラフェンの表面に細長い分子の集合体を、方向を揃えて並べる方法を見出した ・原子間力顕微鏡(AFM)探針の走査による力学効果で表面の対称性を実効的に低下させるのが鍵 ・2次元物質の電子特性制御などの実現につながると期待

【研究背景と内容】

 グラフェン(図2(a))は、炭素原子が六角形の格子状に蜂の巣のように並んだ平らな物質です。グラフェンは電流を流す性質に優れており、将来のエレクトロニクスに欠かせない材料として期待されています。グラフェン上に分子を規則正しく並べることができると、電子の流れやすい方向を制御できたり、グラフェンで作った電子デバイスの性能を向上させることができたりする可能性があり、その研究が近年盛んに進められていました。しかし、グラフェンの結晶が持つ対称性(60度回すと六角形の向きが同じになる)によって、60度ごとにどの方向を向いて並んでも分子にとっての居心地のよさ(安定性)が変わらないため、分子の並ぶ方向を完全に1方向に揃えて、望みの場所に自在に分子の集合体を形成する技術は、未だ確立していませんでした。

 今回、研究グループは、AFM探針のスキャンが固体表面に及ぼす動力学的な効果に着目しました。AFM観察では、探針を一定の方向に沿って試料の表面をなぞるように往復させることで凹凸を画像化します(図2(b))。研究グループは、この指向的なスキャンによって、吸着分子にとってのグラフェン表面の対称性が実効的に低下し、分子吸着の向きに影響を与えうるのではないかと考えました。

 この仮説を検証するために、研究グループはAFM探針によるスキャン条件により、表面吸着分子集合体の形成とその成長方向がどのように変化するかを調べました。モデルケースには、グラファイト注2)上にかまぼこ型のリボン状の集合体を形成することが知られているSDS注1)と呼ばれる細長い棒状の分子を用いました。まず、表面が平坦な多層グラフェンを水中に用意し(図3(a))、小さな注射針(マイクロシリンジ)を使ってSDS分子の溶液をゆっくり注入しました(図3(b))。1時間後、水中で、表面状態を変えないように、AFMの探針を試料表面に押し付ける力を弱く制御してAFM観察を行うと、グラフェン表面全体にSDS分子が吸着し、塊となったSDS凝集体も確認されました(図3(c))。続いて、AFMの探針を試料表面に押し付ける力を通常よりも強くして連続的にAFM観察を行うと、表面の様子が変わり、細長いリボンのような形状の分子集合体(以降、これをリボンと呼びます)が徐々に形成されていくことを確認しました(図3(d))。このリボンの断面の形状(図3(d)の挿入図)から、この集合体はSDS分子の親水基を外側に、疎水基を内側に向けたかまぼこ型の分子集合体であると考えられます。図3(d)ではリボンの向きは2通りで、それらがなす角度は60度でした。グラフェン表面の各対称軸も互いに60度の角度をなすことから、グラフェン表面の対称軸を反映してリボンが成長していることがわかりました。

 さらに研究を進めると、この細長いリボンはスキャン方向に対して、より大きな角度を有する結晶軸方向に成長しやすいことが、統計的な解析からわかりました(図4(a))。また、計算機シミュレーションから、AFM探針スキャンによってSDS分子が回転することで、SDS分子のグラフェンからの脱離が起こることが示唆されました。スキャン方向に対して、軸方角が垂直に近い角度を持つSDS分子ほどAFM探針によって回転させられやすいので、脱離が容易に起こります。AFM探針のスキャン方向に対して平行に近い配向を有する分子が核として表面に残ると、その結果、細長いリボン状の分子集合体がスキャン方向に対して90度に近い角度を持つ方向に成長します(図4(b))。これらの知見を元に、AFMのスキャンパラメータを適切に選ぶことで、初めは向きが揃っていない分子集合体が乗っていた表面で、それらの分子集合体を一旦綺麗に取り去った後に、望んだ結晶軸の方向に向きを揃えて再びリボン状の細長い集合体を構築することにも成功しました(図4(c))。

【成果の意義】

 本研究で見出された、AFMスキャンによる動力学的な効果を利用した指向性の高い分子集合体構築手法は、これまでに提案されてきた電場やマクロな流れ場を利用した分子集合体の配向制御法とは全く異なる新しいメカニズムに基づくものです。AFMスキャンによって表面に生じる動力学効果は、AFM観察においては、多くの場合、観察対象に影響を与えてしまう避けるべきものと考えられてきましたが、それを逆手にとって利用することについては、あまり注目されてきませんでした。本研究により、分子集合体の配向制御におけるAFMスキャンの有用性が見出されたことで、今後、分子回路の作製、生物細胞の走化性や表面化学反応の制御、異方的な分子集積物との相互作用を通じた様々な2次元物質の電気特性の制御など、分子の表面配向を必要とする広範な科学技術分野において、本研究で示した概念を応用できる可能性がでてきました。

 今回得られた研究成果を基礎として、様々な2次元物質上で、様々な分子の向きを揃えた集合体形成の可能性を検討し、2次元物質の電気特性制御などへの応用に向けた研究を進めていく予定です。

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【用語解説】

注1:SDS

 

ドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate)。洗剤などに含まれる代表的な界面活性剤で、水に溶けて、グラファイト表面において半円柱(かまぼこ型)形状の特徴的な集合体を形成することが知られている。

注2:グラファイト

 多数のグラフェンが規則ただしく積み上がった構造をしている物質。黒鉛とも呼ばれる。グラフェンは、グラファイトの1層(単層グラフェン)から数層(多層グラフェン)を取り出したもの。今回の研究では、多層グラフェンを用いた。


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