豊橋技術科学大学の荒川優樹助教らは,硫黄成分を有するアルキルチオ基 1)を導入したπ−共役系 2)棒状分子の液晶化に成功し、室温を含む温度範囲で流動性の高いネマチック液晶を示す高複屈折性分子を開発しました。この分子設計により、液晶ディスプレイの高画質化などに寄与する新しい液晶材料としての応用が期待されます。
複屈折や誘電率(異方性)の大きな液晶材料は、主に液晶ディスプレイの低駆動電圧化、応答速度の向上などに寄与しております。さらには近年、様々なアプローチにより高複屈折性液晶材料は、輝度向上フィルムなどに用いられる広帯域円偏光反射フィルムや、連続発振を目指すコレステリック液晶レーザーに使われるなど、その応用例は増えております。
液晶材料を開発する上で実用性を考えると、室温で液晶相を形成するか、液晶の配向状態を固定する必要があります。しかしながら、複屈折や誘電率の向上には異方的な分子構造を有し、かつ電子リッチであることが必要条件であるため、大きな分子間力による相転移温度(特に融点)の向上は避けられません。つまり、室温では液晶状態を形成しにくくなります。
今回、荒川優樹助教らは、温泉などの成分にも含まれ、日本の数少ない余剰資源である「硫黄」を含むアルキルチオ基(SCmH2m+1)に注目しました。アルキルチオ基は分極率が高く、複屈折の向上に有効な置換基であることが期待されますが、一方で、アルキルチオ基を導入した棒状分子は液晶性を形成しにくく、これまでに、棒状分子において液晶性を示した報告例はほとんどありませんでした。
このたび、荒川優樹助教らは、図1に示す、アルキルチオ基を導入したジフェニル−アセチレン構造 3)の、片末端に炭素数5以上の十分な長さのアルキル鎖を導入することで、冷却過程において液晶性が発現されることを明らかにしました。これは、反平行に配列した分子間において、長いアルキル基によりそのパッキングが阻害され、配向を維持したまま分子の回転および併進運動が可能となり、液晶相が形成されたものと考えられます。さらには、アルキルチオ基の大きな屈曲や低い電子供与性により融点が低下する現象を見出し、室温を含む温度領域において液晶性を発現する分子の開発にも成功しました。長いアルキル基を導入した上で、アルキルチオ基の炭素数を変えることにより、粘性の高いレイヤー構造を有する高次のスメクチック相から、特に光学用途に重要な粘性の低いネマチック(N)相の形成までを作り分けることが可能となります。これらは、酸素類縁体4)との比較でも光学特性が大幅に向上していることも確認されました。
「棒状構造の分子にアルキルチオ基を導入した液晶分子の報告例は極めて少なく、なぜ液晶相を形成しにくいのか、その原因も含めて、それら分子の特徴を明らかにした研究例はありませんでした。今後はそれぞれの相の特徴を最大限に生かし、光学特性だけでなく、半導体特性など、様々な光・電子物性の開拓も目指して参ります。」と荒川助教は述べています。
用語解説
1) 硫黄に(S)にアルキル鎖(CmH2m+1)が結合した置換基
2)単結合と不飽和結合が交互に連結し、π電子が非局在化した系
3)二つのベンゼン環が三重結合で連結した分子構造
4)硫黄が酸素に置き換わった類縁体
ファンディングエージェンシー:
JSPS 科研費 Nos. 15H06285, 17K14493
公益財団法人豊田理化学研究所「豊田理研スカラー」
公益財団法人日東学術振興財団研究助成金
一般財団法人東海産業技術振興財団研究助成金
論文情報:
Yuki Arakawa, Satoyoshi Inui and Hideto Tsuji. "Novel diphenylacetylene-based room-temperature liquid crystalline molecules with alkylthio groups, and investigation of the role for terminal alkyl chains in mesogenic incidence and tendency." Liquid Crystals, 2017. http://dx.doi.org/10.1080/02678292.2017.1383521
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Journal
Liquid Crystals