細菌べん毛は、自然がデザインした巧妙な発明品であると言われます。細菌はこの強力なナノマシンを利用して泳ぎ回り、食糧やすみかを探します。細菌べん毛については過去半世紀にわたり多くの研究が行われていますが、未だ精緻な機構は謎のままです。
この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者らは、フックとして知られる細菌べん毛の柔軟なジョイントを通して、菌体内部のモーターから外側のべん毛繊維に力を伝達する仕組みを発表しました。Nature Structural & Molecular Biology誌に掲載されたこの発見は、将来、命に関わる細菌感染症との闘いにおいて役立つ可能性があります。細菌がどのように運動するかを深く理解することにより、将来、疾病予防戦略を改善できるかもしれません。
研究チームは、細菌が移動するときに、べん毛フックがダイナミックに動くジョイントとして、どのように細胞内部から回転力を外側のべん毛繊維に伝えているかについて説明しました。また、クライオ電子顕微鏡を使用し、詳細な構造解析を元に、フックが単一のタンパク質からのみで構成されているにもかかわらず、柔軟性と剛性を兼ね備えている仕組みを説明しました。規則的に組み上がった単一のフックサブユニットタンパク質はフック構造内で少なくとも11もの立体構造を協調的にとることで、フック構造がダイナミックに変化します。
「外側のべん毛繊維構成タンパクは二つの状態で構造中に存在すると考えられていましたが、フック構成は異なるように見えます。このことはフック機能の説明に従来想定されていた『二状態モデル』は当てはまらず、その違いがフックの柔軟性を表しています。」と、上席著者であるマティアス・ウルフ准教授はコメントしています。
「べん毛の複雑なシステムは、数百万年間にわたって最適化されてきた進化の証なのです。」
「べん毛は驚くべき離れ業を持っています。ローター、ステーター、ドライブシャフト、ブッシング、ベアリング、そしてプロペラのようなフィラメントが同期し、粘性液体中を細菌が毎秒、自身の数倍の距離を移動できる推進力を生み出します。フックは、柔軟なジョイントを作製しようしている人間の試みを、多くの点において超えるものです。」と、本論文の筆頭筆者である柴田博士は述べます。
「フックのモデルを構築している間、その素晴らしい組立て構造に驚きました」と、共同筆頭著者である松波秀行博士はコメントを加えます。
実はハイテクな単純生物
ウルフ准教授の生体分子電子顕微鏡ユニットは、べん毛のフック構造に焦点を当て、クライオ電子顕微鏡を使用し、多数の2次元像から精巧な3次元像を再構築しました。同ユニットでは、これまでにエボラウイルスのコア構造や、がんと闘うセネカバレーウィルスの3次元再構築にも成功しています。
今回の研究では、細菌のべん毛フックの構造解析にクライオ電子顕微鏡を使用しました。始めに、県立広島県立大学の相澤慎一名誉教授の支援により、フック構造体を細菌から精製しました。次に、急冷凍結した試料をクライオ電子顕微鏡を使い撮像し、最後に、OISTの高性能コンピューティング・クラスターの助けを借りて、三次元像を組み立ててフックの構造を明らかにしました。
かつてはクライオ電子顕微鏡の画像は単純なものでしたが、最近は進化を遂げ、スーパーコンピューティングと分類アルゴリズムを組み合わせた手法により2次元画像から3次元像を作りだし立体的に構造を理解できるようになりました。この技術により、原子分解能に近いレベルで、構造と機能の関連性を議論できるようになりました。
べん毛フックは約130ものサブユニットからなるジョイントであり、各サブユニットは単一種類のたんぱく質でできています。各サブユニットは3つのドメインで構成され、剛健なドメインは各々柔軟なヒンジ(ちょうつがい)でつながっています。興味深いことに、これらサブユニットは、同一の化学構造にもかかわらず、重合体内で11もの異なる状態をとれることがわかりました。回転しているフック内ではサブユニットの構造は協調的に変化します。
らせんチューブ状のフックを介してモーターから回転力が外側にあるべん毛繊維に伝達されます。ヒンジを持ったサブユニットの特徴は、フックがどのようにして柔軟性と剛性を兼ね備えているのかを説明しています。チームはまた、異なる細菌のフックサブユニットにヒンジのモチーフ(基本的な形)が保持されていることを確認しました。このことは、今回観察されたフック構造が一般的な特徴であることを示唆しています。
べん毛がいかに機能するかを知ることは、その機能を活用するための初めの一歩です。この研究で使用されたモデル生物であるサルモネラ・エンテリカは、人間における病原体のひとつであり、開発途上国では主要な死因となっています。細菌の運動性は、細菌の感染に決定的な要素であり、べん毛フックはその運動性において不可欠なものです。将来的に、フックを介した運動を遮断することができれば、貴重な疾病予防戦略となる可能性があります。
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Journal
Nature Structural & Molecular Biology