東京医科歯科大学・難治疾患研究所・病態細胞生物分野の鳥居プロジェクト講師、清水教授らの研究グループは、大阪大学、東邦大学との共同研究で、二種類のオートファジーの誘導を使い分けるメカニズムを初めて解明しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、日本医療研究開発機構などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌 Nature Communications に、2020 年 4 月 9 日午前 10 時(英国夏時間)にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
オートファジーは、細胞内構成成分の分解機構です。栄養飢餓時に誘導されるオートファジー分子機構は良く解析されており、必須のタンパク質である Ulk1*4のリン酸化や脱リン酸化*5によって調節されること、Atg5*4と呼ばれる分子が用いられること(従来型オートファジー)などが、明らかになっていました。一方で、細胞に DNA 傷害などのストレスが加わると、Atg5 依存性オートファジーの他に、私達のグループが発見した Atg5分子を使わないオートファジー(新規オートファジー、Nature 2009 年)も誘導されます。しかしながら、この時に二つのオートファジーがどのように制御されているのかは不明でした。今回の研究は、このメカニズムを明らかにした研究です。
【研究成果の概要】
私達の研究グループは、二種類のオートファジーに必須のタンパク質である Ulk1 に注目しました。このタンパク質の修飾変化を探索し、Ulk1 の 746 番目のセリンのリン酸化が新規オートファジーの誘導に必要であることを見出しました。さらに、①このリン酸化を認識する特異的な抗体を用いて、リン酸化Ulk1 は細胞内のゴルジ体という細胞内小器官に局在すること、②Ulk1 が両方のオートファジーを活性化するためには、PPM1D 分子による Ulk1 の 637 番目セリンの脱リン酸化が重要であること、③新規オートファジーを活性化させるには、さらにRIPK3 分子による Ulk1 の 746 番目セリンのリン酸化が重要であることを見出しました。このように、新規オートファジーの実行には、二段階の精密な制御が必要であることが明らかになりました。さらに、興味深いことに、新規オートファジーを制御するRIPK3 は、細胞死の一つであるネクロプトーシスの必須分子でもあります。ネクロプトーシスはRIPK1,RIPK3, MLKL というタンパク質群によるリン酸化反応の連鎖によってひき起こされますので、新規オートファジーとネクロプトーシスは RIPK3 分子を共同利用していることになります。
【研究成果の意義】
今回の研究成果では、新規オートファジーにおいて、RIPK3 分子による Ulk1 リン酸化反応が必要であることを発見しました。オートファジーは様々な生体現象や疾患にとって重要であることがわかっていますが、その中で二種類のオートファジーが、どのように使い分けられているのかは、これまで不明でした。本研究は、その制御メカニズムを発見したもので、オートファジー研究に重要な知見を与えるものです。さらに、今回作製した Ulk1の746番目セリンのリン酸化抗体を用いることにより、新規オートファジーを捕捉することが初めて可能となりました。これらの成果により、新規オートファジーに関する研究の今後の発展が期待でき、将来的にはオートファジー異常に関連した疾患治療のための医薬設計に指針を与える可能性があります。
【用語解説】
※1 オートファジー
細胞内のタンパク質や細胞内小器官が、オートファゴソームと呼ばれる二重膜に包まれた後にリソソーム酵素によって分解される細胞機能を示す。この細胞機能が破綻すると、神経変性疾患を含めた様々な疾患の発症に繋がることがわかっている。
※2 ネクロプトーシス
細胞自ら計画的に起こすプログラムされた細胞死の一つ。対比される細胞死としてアポトーシスがある。
※3クロストーク
あるタンパク質群の反応経路の活性化が、別の経路に影響を及ぼすこと。
※4 Ulk1, Atg5
Ulk1 は酵母 Atg1 の哺乳類でのタンパク質の一つ。これらはオートファジーを進行するために必須なタンパク質である。
※5 リン酸化 (脱リン酸化)
タンパク質を構成するアミノ酸の中でセリン、トレオニン、チロシンにのみ起きるリン酸基を修飾する化学反応。リン酸化、脱リン酸化によって生体内ではタンパク質の機能制御が迅速に行われている。
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Journal
Nature Communications