ヒト初期胚発生に関する研究は、倫理的な理由から実施がほぼ不可能です。他の哺乳類においても、初期発生期間中のゲノムワイドな遺伝子発現解析には技術的な困難が伴います。例えば、哺乳類ゲノムのすべての機能要素を同定することを目標に掲げた『FANTOM5』プロジェクト(2000年に理化学研究所が中心となり立ち上げた国際研究コンソーシアムFANTOM 倫理的または技術的な理由から解析が進んでいない哺乳類胚発生の遺伝子発現情報を補完するため、日本(熊本大学および理化学研究所)、ロシア(カザフ連邦大学)、スペイン(カンタブリア大学)、オーストラリア(西オーストラリア大学)の研究者からなる国際共同研究チームは、鳥類胚発生期間に発現している遺伝子の転写開始点に関するゲノムワイドなデータベースを、世界で初めて完成させました 。転写開始点は遺伝子転写の開始位置や転写制御部位を示すもので、胚発生のように複雑で精密な遺伝子制御が行われる現象を理解する上で極めて重要なものです。鳥類とヒトとは外見上は非常に異なっていますが、発生の初期段階はよく似通っており、ヒトのタンパク質コーディング遺伝子の約60%がニワトリの遺伝子と1対1で対応することがわかっています。
CAGE法では、ゲノム中の転写開始点およびシスエレメント(遺伝子の転写を調節するゲノム領域)を同定することが可能です。研究チームは、ニワトリの胚発生の全期間にわたり解析を行った結果、今回取得した転写開始点情報の約60%が、最新のニワトリゲノム上のコーディング遺伝子領域にマッピングされました。残りの40%は、未知の転写開始点や非コードRNA遺伝子に対応している可能性が高いと考えられます。今回新たに構築したニワトリ胚転写開始点情報は、理化学研究所で開発されFANTOM5でも用いられたゲノム解析プラットフォーム「ZENBU」に 「Chicken-ZENBU」という名前で追加されており、誰でも自由にアクセスして解析等に使用することができます。
さらに研究チームは、取得したニワトリ胚転写開始点情報と、内在性の遺伝子転写活性を人為的に操作することが可能な「CRISPR-on」技術を組み合わせ、中胚葉形成に必須であるBrachyuryタンパク質をコードするT遺伝子を、ニワトリ胚発生ステージHH10(孵卵後、約1.5日)において異所的に活性化できることを示しました。研究チームは今回得られた転写開始点情報を用いて、T遺伝子以外にも複数の遺伝子の転写活性を同様に活性化できることを明らかにしており、転写開始点プロファイリングとCRISPR-on技術の相乗的かつ効果的な利用が期待されます。
研究を主導した熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)のGuojun Sheng特別招聘教授は次のようにコメントしています。
「CAGE法に立脚したニワトリ胚発生期間中の転写開始点プロファイリングの過程で、私たちは新しい転写因子や調節モジュール、ハウスキーピング遺伝子(多くの細胞で共通して働いている遺伝子)も同定しました。本研究と今回ZENBUに追加したデータによって、鳥類と哺乳類、双方の分野における発生学を大きく進展させることができると期待しています。」
本研究成果はオープンアクセスジャーナル「PLOS Biology」に平成29年9月5日掲載されました。
### [Source] Lizio, M., Deviatiiarov, R., Nagai, H., Galan, L., Arner, E., Itoh, M., … Sheng, G. (2017). Systematic analysis of transcription start sites in avian development. PLOS Biology, 15(9), e2002887. doi:10.1371/journal.pbio.2002887
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