東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科小児地域成育医療学講座の金兼弘和教授と発生発達病態学分野の星野顕宏元助教(現在フランス、Imagine 留学中)と森尾友宏教授の研究グループは、富山大学、京都大学、東京大学などとの共同研究で、X 連鎖リンパ増殖症候群 1 型の臨床症状軽症化の原因が、体細胞復帰変異を有する T 細胞によって細胞性ならびに液性免疫が修復されることをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに厚生労働科学研究費補助金(難病・がん等の疾患分野の医療の実用化研究事業)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌 Journal of Allergy and Clinical Immunology に、2018 年 10 月 17 日午前 7 時(米国東部時間)にオンライン版で発表されます。
【研究の背景】
EB ウイルス*3 に対して易感染性を示す稀な原発性免疫不全症である X連鎖リンパ増殖症候群1型(XLP1)は予後不良であり、唯一の根治療法は造血細胞移植です。稀に比較的軽症な XLP1 患者が存在し、それらの患者では T 細胞の一部が体細胞復帰変異(遺伝子変異が正常化)していることが報告されています。今回わが国の 25 家系 40 例の XLP1 患者の予後を調査した結果、1 家系 3 例の患者が移植を受けずに生存していました。XLP1患者ではSAPタンパク質の完全欠損を認めますが、これらの患者ではT細胞の一部が正常なSAPタンパク質を発現していました。そこで正常な SAP タンパク質を発現している細胞が細胞性ならびに液性免疫にどのような影響を与えているかを検討しました。
【研究成果の概要】
健常者では CD8 陽性 T 細胞*4 はインターフェロンγ(IFN-γ)などを介して EB ウイルスに感染した B 細胞を細胞死に至らせます。また CD4 陽性 T 細胞*5 は IL-10 や ICOS を介して B 細胞に免疫グロブリン産生を促します。しかし SAP タンパク質を欠損した XLP1 患者ではこれらの機能が失われるため、EB ウイルスに感染した B 細胞が異常増殖し、血球貪食性リンパ組織球症や悪性リンパ腫を発症します。また免疫グロブリン産生能が低下し、低ガンマグロブリン血症を呈します。T 細胞の一部に体細胞復帰変異を有する XLP1 患者では、少数の SAP 陽性細胞が機能的に働いて、EB ウイルスに感染した B 細胞の増殖を抑え、免疫グロブリン産生も部分的に回復させます。これまで CD8 陽性 T 細胞における体細胞復帰変異は報告されていましたが、CD4 陽性 T細胞における体細胞復帰変異の同定は世界初です。
【研究成果の意義】
SAP タンパク質の細胞性ならびに液性免疫における機能が明らかとなりました。本研究の成果により、正常なT細胞がわずかでも存在すれば、機能的修復が可能であることが示唆されました。遺伝子治療によって作成した正常な T 細胞を少数でも移植することによって、臨床症状の改善が得られることが期待されます。
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<用語説明>
*1 SAP タンパク質
SLAM 関連タンパク質のことであり、SLAM ファミリーレセプターからのシグナルを下流に伝えるアダプター分子である。
*2 X 連鎖リンパ増殖症候群 1 型
X 連鎖リンパ増殖症候群(XLP)は X 連鎖劣性遺伝形式(男性しか発症しない)をとる原発性免疫不全症のひとつであり、SAPタンパク質の異常による1型(XLP1)とXIAPタンパク質の異常による2型(XLP2)が存在する。
XLP1 は致死性伝染性単核症、悪性リンパ腫、低ガンマグロブリン血症を臨床的三徴とする。
*3 EB ウイルス
8 種類あるヘルペスウイルス属のひとつであり、唾液を介して血液中の B 細胞に感染し、一生涯潜伏感染する。ほとんどの成人は EB ウイルス感染の既往がある。バーキットリンパ腫や上咽頭がんなどのさまざまながんの発症に関わっている。
*4 CD8 陽性 T 細胞
抗 CD8 モノクローナル抗体で認識される T 細胞であり、細胞傷害性 T 細胞とも呼ばれる。宿主にとって異物となる細胞(移植細胞、ウイルス感染細胞、がん細胞など)を認識して破壊する。
*5 CD4 陽性 T 細胞
抗 CD4 モノクローナル抗体で認識される T 細胞であり、ヘルパーT 細胞とも呼ばれる。細胞傷害性 T 細胞やB 細胞などの他の免疫系細胞にシグナルを送り、それらの細胞の機能を助ける。
Journal
Journal of Allergy and Clinical Immunology