熊本大学の研究グループは、新型コロナウイルス感染症患者の肺組織のT細胞を対象とした遺伝子解析を共同研究により実施しました。その結果、重症化に特徴的なT細胞の異常を発見し、重症患者ではT細胞に内在するブレーキが働かなくなった結果、T細胞が過剰に反応し、重症化を引き起こしている可能性を明らかにしました。これまで新型コロナウイルス感染症の重症患者のT細胞に何らかの異常があることは示唆されてきましたが、詳細は不明でした。今回の研究により、新型コロナウイルス感染症の肺炎重症化回避にむけた今後の基礎研究・臨床研究につながることが期待されます。
新型コロナウイルス感染症は現在も拡大が続いており、我々の日常生活、社会・経済活動に甚大な影響を及ぼしています。感染者の大部分は無症状やごく軽症であるのに、なぜ一部が重症化するかは未解明の大きな疑問です。これまで指摘されている重症化のリスク因子には高齢・糖尿病・肥満・高血圧などがあります。また、重症患者では、血液中の炎症性物質(炎症性サイトカイン)の量が増え免疫系が過剰反応していることが知られる一方で、免疫細胞の司令塔「T細胞」が血液中で著しく減少していることが認められています。しかしながら、これらの知見についての医学的意味はまだ不明です。
T細胞は、ウイルスを特異的に認識することで免疫系の活性を調整・指揮する細胞です。本研究では、このT細胞に注目して、肺炎重症化の原因について研究を行いました。T細胞は、新型コロナウイルス感染症においても、ウイルス排除ならびに免疫獲得に重要な役割を果たしています。中でもCD4+ T細胞(ヘルパーT細胞)は、ウイルス感染細胞を排除する「細胞傷害性T細胞」や抗体を産生する「B細胞」の成熟・活性化を促進し、ウイルスを体内から排除する重要な働きをしています。その一方で、一部のCD4+ T細胞は高度に活性化すると転写因子*FoxP3を発現して、いわゆる抑制性T細胞(制御性T細胞)となり、T細胞反応を抑制するブレーキ役として働きます。今回の研究では、中国武漢の新型コロナウイルス感染症患者の肺組織の遺伝子データを使用して、その中に存在するCD4+ T細胞の活性ならびに遺伝子の特徴を調べました。
本研究において、最先端のバイオインフォマティクス解析技術を用いて、重症化肺炎患者の肺組織ではT細胞が著明な活性化を示している一方で、FoxP3の誘導が阻害されており、T細胞の反応を止めるブレーキ機能に異常があることを見出しました。すなわち、ブレーキ機能が低下することで多くのT細胞が過剰反応し、新型コロナウイルス感染症患者の肺炎が重症化している可能性が示されました。
本研究を主導した小野昌弘准教授は次のようにコメントしています。
「本研究は重症化肺炎と免疫細胞であるT細胞異常の関連性を明らかにしたものであり、新型コロナウイルス感染症患者における肺炎重症化メカニズム解明につながる新たな知見を見出しました。本研究を足がかりに、より詳細な病態解明がなされることで、新型コロナウイルス感染症の重症化を抑制する薬剤開発や重症化リスクの診断に貢献する可能性があります。」
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本研究成果は、「Frontiers in Immunology」のオンライン版に令和2年10月8日 (日本時間) に掲載されました。
Source:
Kalfaoglu, B., Almeida-Santos, J., Tye, C. A., Satou, Y., & Ono, M. (2020). T-Cell Hyperactivation and Paralysis in Severe COVID-19 Infection Revealed by Single-Cell Analysis. Frontiers in Immunology, 11. doi:10.3389/fimmu.2020.589380
Journal
Frontiers in Immunology