News Release

Y染色体遺伝子を全く持たない雄マウスでも生殖補助技術によって父親になれる

Peer-Reviewed Publication

University of Hawaii at Manoa

image: Dr. Monika Ward, professor at the Institute for Biogenesis Research, John A. Burns School of Medicine, University of Hawai'i view more 

Credit: University of Hawaii

Y染色体は雄であることのシンボルであり、雄にのみ存在するY染色体は、雄性生殖にとって重要な役割をもつ遺伝子をコードしています。しかしながら、本研究の新しい成果によって、Y染色体上の遺伝子を全くもたない雄マウスの円形精子細胞から、生殖補助技術によって産仔を作出できることが示されました。この発見は、Y染色体遺伝子の機能と進化についての議論に新しい光を投じ、Y染色体遺伝子を他の染色体上の遺伝子で置き換えることが可能であるという仮説を裏付けています。

2年前に、ハワイ大学医学部生物発生学研究所のウォード博士の率いる研究グループは、生殖補助技術を用いることによって、たった2つのY染色体遺伝子(性決定因子: Sry と精原細胞増殖因子: Eif2s3y)しか持たない雄マウスから産仔を得られることを示しました。同研究チーム(フランス国立保健医学研究機構のミッチェル博士との共同研究)は研究をさらに一歩進め、Y染色体遺伝子を全く持たない雄マウスを作出しました。

この新しい研究成果は、米国科学誌「Science」誌(2016年1月29日)に掲載予定です。本論文中において、ウォード博士と彼女のチームは、"Y染色体を持たない" 雄マウス("No Y" males) の作出法と、この雄マウス精巣内の生殖細胞が存在するのか、その細胞から産仔を作出できるのかを検証しました。

はじめに、ハワイ大学の研究者は、Y染色体遺伝子Sry をこの遺伝子の直接の標的遺伝子である、常染色体上の遺伝子Sox9で置き換えた雄マウスを作出しました。通常のXY個体では、性決定遺伝子Sryの発現を受けてSox9 が発現し、その後の様々なプロセスを経たのち、未分化生殖腺が精巣へと分化(=雄になる)します。ハワイ大学の研究者は遺伝子導入技術を用い、Sry のない状態でSox9 を発現させました。

次に、研究チームは2つ目のY染色体遺伝子 Eif2s3y を、X染色体上の相同遺伝子であるEif2s3xで置き換えました。Eif2s3yとEif2s3x は同じ遺伝子群に属する遺伝子で、塩基配列が類似しています。 研究チームはこの2つの遺伝子が同様の役割を果たし、両者の遺伝子の総合的な発現量が重要であると推測しました。そこで、通常のEif2s3yとEif2s3x 両者の発現量と同等レベルまでEif2s3x を過剰発現させた雄マウスを作出しました。この条件下において、Eif2s3x はEif2s3y に替わり精原細胞の増殖を促しました。

さらに、研究チームは SryとEif2s3y をSox9とEif2s3xに同時に置き換え、Y染色体 DNAを全く持たない雄マウス (XOSox9, Eif2s3x) を作出しました。Y染色体遺伝子を持たない雄マウスにおいて、生殖細胞を有する精巣の発達が確認されました。このマウスの精巣から円形精子細胞を採取し、円形精子細胞注入法(ROSI: Round Spermatid Injection)と呼ばれる方法で卵子に注入し受精卵を作出しました。この受精卵をレシピエントの雌マウスに移植した結果、生存産仔の作出に成功しました。

「Y染色体を持たない雄マウス」由来の産仔は健康で、平均的な寿命を示しました。雌の産仔とその子孫には妊孕性があり、生殖補助技術の介入がなくとも次世代マウスの作出が可能でした。研究チームはROSI を繰り返すことによって、3世代の「Y染色体を持たない雄マウス」を作出しました。

ウォード博士によると、「ほとんどのY染色体遺伝子は、マウスにおいてもヒトにおいても、成熟精子の形成と正常な受精にとって重要です。しかしながら、生殖補助技術を用いることによって、マウスにおいては、Y染色体の関与は必要ではないことが明らかとなりました。」

この研究成果は、Y染色体遺伝子の機能と進化についての新たな見識をもたらし、Y染色体遺伝子と他の染色体上の相同遺伝子との間に代理機能が存在することを裏付けています。ウォード博士によると、「これは良いニュースです、なぜならば、遺伝情報にはバックアップ戦略が備わっており、通常は沈黙しているが、状況に応じて取って代わることができるということを示唆しているからです。このような代替経路が、人為的な補助を経ずに、環境変化等の要因で作動させられるのかは明らかではありません。ですが、これはおそらくは可能で、自然界にはすでにY染色体を持たないネズミが生息しています。」

生殖補助技術の発達によって、通常の受精に必要な様々なプロセスをバイパスさせることが可能になりました。今回の研究成果と以前の研究成果 (Science 2014 Jan 3;343(6166):69-72) から、マウスにおいては、 ROSI は成功した、効率的な生殖補助技術だと言えるでしょう。ヒトの臨床においては、 ROSI は未熟精子細胞を使用する事への不安と技術的困難から、試験的なものと位置づけられています。ウォード博士らは、将来的には、マウス ROSI の研究成果が、男性不妊克服のための1つの選択肢として、ヒト臨床でのROSI 適応が再検討されるきっかけになればと期待しています。

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要旨

Y染色体を全く持たない雄マウスの生殖細胞から生殖補助技術によって産仔が得られる。この雄マウスにおいて、以前に示した精巣の形成と精原細胞の増殖に必須である2つのY染色体遺伝子が、他の染色体上の相同遺伝子で置換された。

研究サポート:

本研究は、アメリカ国立衛生研究所 (Monika A. Ward 博士: NIH HD072380) 、ハワイコミュニティファンデーション (Monika A. Ward 博士: HCF 14ADVC-64546) 、フランス国立保健医学研究機構 (Michael Mitchell 博士) のサポートを受けて行われました。 精巣組織切片の作成は、アメリカ国立衛生研究所科学研究費 (NNCRR G12RR003061, NIMHHD G12MD007601 )によって運営される、ハワイ大学医学部共同施設のスタッフのサポートを受けて行われました。 遺伝子導入マウスの作成は、アメリカ国立衛生研究所科学研究費 ( P20GM103457) によって運営される、ハワイ大学医学部生物発生学研究所遺伝子導入施設のスタッフのサポートを受けて行われました。

日本語訳:

山内康弘(第一著者):日本生まれ。広島県立大学(現:県立広島大学)大学院博士課程生物生産システム研究科修了。現在、ウォード博士の研究室で博士研究員として研究に従事している。論文中の生殖補助技術(ROSI)、胚操作、胚培養、および胚移植を担当した。


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