国立大学法人 東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門の村上智亮准教授、株式会社LSIメディエンス創薬支援事業本部試験研究センター病理研究部の川迫一史研究員らの共同研究グループは老齢ラットの乳腺において高頻度にアミロイド(病原性異常タンパク)が蓄積することを発見し、その原因として、新種のアミロイドタンパクであるLipopolysaccharide binding proteinを同定しました。動物を対象とした病態評価は、人疾患の病態を深く理解する上でとても重要です。本研究成果は今後、人のアミロイドーシスの発生予測や病態モデル動物としての応用が期待されます。
本研究成果は、Amyloid: The Journal of Protein Folding Disordersに10月15日に掲載されました。
URL:https://doi.org/10.1080/13506129.2019.1675623
現状:
アミロイドとは生体タンパクの異常な折りたたみによって生じる難溶性の異常タンパクであり、各種臓器に蓄積することによってアミロイドーシスを引き起こします。アミロイドーシスは原因となるアミロイドタンパクの種類によって分類され、人ではアルツハイマー病やパーキンソン病など36種類に分類されていますが、動物で見つかっているのはたった10種類だけです。人のアミロイドーシスの病態研究は主に動物モデルを用いて実施されますが、人の病態に対応する十分な動物モデルが存在しない状況が続いています。ラットでは3種類のアミロイドーシスが1970年代に報告されましたが、それ以降自然発生性のアミロイドーシスは約半世紀にわたって報告がありませんでした。
アミロイドーシスの同定は通常、免疫組織化学という抗体を用いた手法が用いられますが、動物を対象とした研究では、動物種によって抗体の感度に違いが生じ、正確な評価が出来ません。本研究では免疫組織化学の欠点をカバーすべく、質量分析を用いてアミロイドの同定に挑戦しました。
研究体制:
東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門の村上智亮准教授、佐々悠紀子講師、同研究院環境資源物質科学部門の半智史准教授、同大学学術研究支援総合センター機器分析施設の野口恵一准教授、東京都産業技術研究センター開発本部開発第二部バイオ応用技術グループの八谷如美主任研究員、東京都医学総合研究所認知症・高次脳機能研究分野の亀谷富由樹主席研究員、熊本大学大学院生命科学研究部(保)の田崎雅義助教、大林光念教授、同研究部(医)の安東由喜雄教授、同大学病院の山下太郎特任教授、株式会社LSIメディエンス創薬支援事業本部試験研究センター病理研究部の菅野剛部長、川迫一史研究員らによって実施されました。本研究は科学研究費補助金16H05029, 17K17702および東京農工大学学長裁量経費(次世代研究支援)の助成を受けたものです。
研究成果:
老齢ラットの乳腺を組織学的に検索した結果、とても小さな針状のアミロイド沈着を発見しました。注意して観察してみると、驚いたことに、アミロイドの沈着は老齢雌ラットの83%にみられることが分かりました。一方、若齢のラットにおいてはアミロイド沈着はみられませんでした。老齢ラットと若齢ラットの違いはCorpora amylaceaと呼ばれる乳汁中の球状構造体形成の有無であり、アミロイドは常にCorpora amylacea表面に沈着していました。
病理組織学的解析、透過型電子顕微鏡観察、走査型電子顕微鏡観察、免疫組織化学および、レーザーマイクロダイセクション-質量分析(LMD-MS)法を用いたプロテオーム解析の結果、アミロイドの原因タンパクとしてLipopolysaccharide binding protein (LBP) を検出しました。さらに、ラットのLBPに由来する合成ペプチドを用いて、試験管内でアミロイド形成を再現しました。
本研究では新種のアミロイドタンパクとしてLBPを同定しました。LBPは自然免疫に関与する分泌タンパクであり、人を含めた様々な動物種で乳腺に発現しています。本研究では加齢による乳腺でのCorpora amylaceaの形成がアミロイド形成のリスクファクターであることが明らかとなりました。
今後の展開:
動物を対象とした疾病の研究は、人の疾患の病態を深く理解する上でとても重要です。本研究では人で未発見のアミロイドーシスを発見すると共に、そのリスクファクターまで明らかにしました。現在認められている人のアミロイドーシスの中には、普通に生活していれば発症しないはずの医原性や伝播性のアミロイドーシスが報告されています。本研究成果は将来発生する恐れがある人の偶発性アミロイドーシスの発生予測を行う上で、とても有用な知見を提供すると期待しています。
先述の通り、免疫組織化学は動物種毎に感度が異なり、稀少動物の解析には向いていません。また、免疫組織化学は予めターゲットを絞って解析を実施するため、新種のアミロイドの同定には使えません。本研究ではLMD-MS法を使用したことによって、新規アミロイドの同定を可能としました。質量分析法は膨大な生物データベースを引用することで多様な動物種に対応可能であり、免疫組織化学に変わる新たなタンパク同定法としての応用が期待されます。
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参考:下記のWebページで、アミロイドーシスに関する詳しい解説をご覧いただけます。
http://web.tuat.ac.jp/~tatlvt/amyloidosis.html
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
動物生命科学部門 准教授
村上 智亮(むらかみ ともあき)
E-mail:mrkmt@cc.tuat.ac.jp
Journal
Amyloid