【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域の橋本隆教授の研究グループは、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の八木 慎宜博士、中村匡良特任講師らの研究グループらと共同で、動物や酵母では生体ポリマーである微小管を微小管形成中心につなぎ留める「Msd1-Wdr8複合体」が、微小管形成中心を持たない植物では独自の機能を持つことを明らかにしました。
細胞骨格の一つである微小管は、細胞内でポリマー状の構造をしており、その配向パターンを変化させることで、染色体の分離や細胞極性の制御、細胞の形態形成など、生物の生存に不可欠な活動を担っています。植物では、高度に組織化された表層微小管の配向パターンが、成長過程や環境シグナルに応じてダイナミックに変化し、変動する細胞内外の環境に適応しています。植物の表層微小管のパターン形成には、微小管の形成と切断が重要であると考えられています。特に、微小管切断タンパク質カタニン(日本刀から命名)が微小管形成開始点部位を特異的かつ効率的に切断することにより、新たに形成された娘微小管を細胞表層に遊離し、微小管同士の相互作用を促すことが、微小管のパターン形成に必須です。しかしながら、微小管形成部位にカタニン切断因子がリクルートされる分子機構は長らく不明でした。
本研究により、新規微小管をその生成部位にとどめておく「のり」分子が新規娘微小管を基部で切断する「はさみ」分子を連れてくるという相反する作用を持つことが明らかになりました。「のり」がない変異細胞では「はさみ」が連れてこられないので、「はさみ」による微小管切断は起こりませんが、「のり」がないことにより娘微小管形成基部の構造が不安定になり、時間がたつと自然に娘微小管がはがれてきます。「のり」分子があっても、なくても、最終的には娘微小管ははがれてゆきますので、「のり」分子は一見無駄な働きをしているように見えます。しかし、「のり」分子の2つの機能により、微小管切断が成長過程や環境シグナルに応じて高度に制御可能になります。この成果は、植物の形作りを制御する微小管の配向パターンの形成メカニズムの解明に繋がる重要な発見です。今後、この知見を発展させ、細胞骨格ネットワークを人為的に制御することで、細胞形態を改変し、環境応答効率を向上させる技術の開発が期待されます。
この研究成果は、2021年6月17日付で英国科学誌Nature Communicationsに掲載されました。
【研究の背景】
微小管は、動物細胞で見られる中心体を中心とした放射状配列や、異方性に伸長する植物細胞の中心体を持たない細胞で見られる横方向の表層微小管など、様々なパターンを形成しています。中心体のような微小管形成中心から新たに形成された微小管は、形成中心に固定され、そこから切り離されます。この固定と切り離しの制御が微小管の配向パターンに寄与していると考えられますが、詳細なメカニズムは分かっていません。
植物細胞では、既存の表層微小管上に結合した𝛾チューブリン環状複合体から微小管は形成され、新規に形成された微小管は微小管切断因子カタニンの機能により切り離されます。カタニンは微小管形成中心と微小管交差部位に集積され微小管を切断しますが、その集積メカニズムは全くわかっていませんでした。
【本研究の成果】
本研究グループは、酵母や動物細胞で微小管を微小管形成中心につなぎ留めるMsd1-Wdr8複合体ホモログが植物に存在することを明らかにしました。遺伝学的手法とライブセルイメージングを組み合わせることで、シロイヌナズナのMsd1-Wdr8複合体が細胞表層に散在する微小管形成部位に局在し、表層微小管形成部位を安定化することを突き止めました。さらに、新規微小管を切り離す因子であるカタニンを微小管形成部位に集積するために利用されていることが明らかとなりました。微小管交差部位には、Msd1-Wdr8複合体は局在せず、微小管形成部位特異的にカタニンの集積を制御していました。
本研究により、植物のユニークな微小管形成の仕組みの一端が明らかとなりました。Msd1-Wdr8複合体は、動物や酵母にも存在するタンパク質です。動物や酵母で見られる微小管形成中心に微小管をつなぎ留める機能に加え、Msd1-Wdr8複合体はカタニンの局在を制御することで、微小管の切り離しをより厳密な制御下に置く能力を植物に与えていると考えられました。Msd1-Wdr8の働きをより詳細に調べることで、植物における微小管形成のメカニズムとその進化の過程が明らかになることが期待されます。
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【掲載論文】
タイトル: An anchoring complex recruits katanin for microtubule severing at the plant cortical nucleation sites
著者: Noriyoshi Yagi, Takehide Kato, Sachihiro Matsunaga, David W. Ehrhardt, Masayoshi Nakamura, Takashi Hashimoto
掲載誌: Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-021-24067-y
【研究室ホームページ】
https://bsw3.naist.jp/courses/courses103.html
【用語解説】
微小管形成中心: 動物細胞の中心体のように、微小管を形成する中心となる細胞小器官。
表層微小管: 植物間期細胞の細胞膜内側にネットワーク状に存在する微小管構造。細胞壁成分セルロース繊維の沈着を介して植物細胞のかたちをつくり上げる。
𝛾チューブリン環状複合体: 微小管の重合核となる𝛾チューブリンを含む複合体。微小管の鋳型となるリング状構造をしている。
ホモログ: 異なる生物種で類似性の高い塩基配列を持つ遺伝子のこと。共通の遺伝子から由来している可能性が高い。
Journal
Nature Communications