鈴木-橋戸南美 霊長類研究所博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員)、今井啓雄 同准教授らの研究グループは、ニホンザルでもPTC(フェニルチオカルバミド)に対する苦味を感じない個体がいることを発見しました。「苦味感覚の退化がもたらす遺伝子の進化」という一見逆説的な現象が証明されたのははじめてであり、今後のヒトを含むさまざまな動物の味覚進化と動物そのものの進化の関係に一石を投じる結果であると考えられます。
本研究成果は、7月22日午後2時(米国東部夏時間)に米国科学誌「PLOS ONE」誌オンライン版で公開されました。
苦味感覚は本来、植物などがもつ毒物に対する防御機構として動物の味覚に備わっています。しかし、ヒトの例でもあるように、柑橘類に含まれる苦味物質や、アブラナ科野菜に含まれる苦味物質に類似したPTC(フェニルチオカルバミド)に対しては、苦味を感じる個体と感じない個体がいることが、様々な霊長類でわかってきました。
本研究成果では(1)この変異遺伝子は機能的なタンパク質をつくらないこと(2)この変異遺伝子を持つ個体はPTCに対する苦味感覚が減弱していることを確かめました。さらに、日本の17地域約600個体のDNAを用いた分子進化的解析により、(3)この変異遺伝子は紀伊半島西部の群れに限局していること(4)この地域では変異遺伝子が約30%の頻度をもつが、この現象は偶然には起こりえない、つまり適応的に変異遺伝子が広まったこと、(5)変異遺伝子は1万3千年前以降に出現し、急速にこの地域に広がったことを示しました。すなわち、何らかの要因により紀伊半島南西部で苦味感覚が他とは異なるニホンザルが進化したことになります。紀伊半島には約3千年前から橘などの柑橘類が自生していた歴史があり、また、しばしば津波等の環境変化も起こってきたので、こうした環境要因が特殊な感覚の進化(PTC類似物質の苦味に対しては退化)の原因となったのかもしれません。
Journal
PLOS One