可逆性小児肝不全(RILF)は遺伝性のミトコンドリア異常による疾患で、乳児期に重度の肝機能障害を引き起こしますが、急性期を過ぎれば大抵は回復し、それ以降は再発することはありません。RILFに関与する分子機構を調べるため、新規に開発したマウスモデルを用いて研究したところ、ミトコンドリア酵素Mtu1の欠損が肝機能および胚発生全般に多大な影響を及ぼすことが明らかになりました。熊本大学の研究者らによる研究成果です。
研究者らはまずMtu1ノックアウトマウスを数系統作製し、Mtu1がミトコンドリアタンパク質の翻訳の調節にどのように影響するかを調べたところ、Mtu1がマウス胚の成長にとって非常に重要であることが明らかになりました。野生型マウス(Mtu1 +/+)およびヘテロ接合マウス(Mtu1 +/-)は、形態学的な異常を示すことなく正常に発達する一方で、ホモ接合体(Mtu1 -/- )ノックアウトマウスは、授精後約1週間胎生致死を示し、Mtu1の胚発育における重要性が示唆されたのです。
次に、特定の組織の特定の遺伝子を排除するために用いられる組織特異的遺伝子ノックアウト技術を用い、肝臓特異的にMtu1遺伝子を欠損したノックアウトマウス(MtuLKO)を新たに作製しました。この系統のマウスは、野生型マウスやヘテロ接合型マウスと同様、明らかな外部形態異常を伴うことなく発達しました。ところが、RILF患者と同様の肝臓ダメージの徴候や代謝の変化が見られたのです。具体的には、3つのミトコンドリアtRNAにおいて、翻訳効率を高めると考えられている硫黄修飾の欠如が見られました。また、肝細胞におけるミトコンドリアタンパク質の翻訳レベルが低下し、Mtu1がミトコンドリア翻訳に必要不可欠であることが明らかになりました。さらに、コントロール群と比較したところ、ミトコンドリアの形態に相違が見られたのです。
興味深いことに、肝臓特異的Mtu1欠損マウスは、多くのRILF患者が肝機能障害から回復するのと同様に発育に伴い肝機能の改善を示しました。研究を主導した熊本大学の富澤一仁教授は、そのメカニズムをミトコンドリアの機能不全によりFGF21と呼ばれる抗酸化活性を有するタンパク質が肝臓で多く作られることによるものと考えています。「Mtu1LKOマウスは、肝機能不全を抱えているにもかかわらず16週を超えて生存することができました。さらにその内の多くは、年とともに回復の兆候を示したのです。」
一方で、今回の結果とは異なる研究結果も存在します(Sasarman et al、2011、Boczonadi et al、2013)。これらの研究では本研究のように肝臓特異的なマウスモデルが使用されておらず、動物モデルの相違によって異なる結果になったのではないかと考えられます。
本研究で用いられたマウスモデルは、RILFの治療法の開発にも有効であると期待されます。
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[Citation]
Y. Wu, F.-Y. Wei, L. Kawarada, T. Suzuki, K. Araki, Y. Komohara, A. Fujimura, T. Kaitsuka, M. Takeya, Y. Oike, et al., “Mtu1-mediated thiouridine formation of mitochondrial trnas is required for mitochondrial translation and is involved in reversible infantile liver injury,” PLoS Genet, vol. 12, no. 9, p. e1006355, 2016.
DOI: 10.1371/journal.pgen.1006355
Journal
PLoS Genetics