これまで,鳥に食べられた昆虫は子孫もろとも生存の機会を失うという考え方が常識となっていました.これに対し,神戸大学大学院理学研究科の末次健司特命講師,高知大学の伊藤桂准教授,東京農工大学農学部生物生産学科の横山岳准教授らの研究グループは,「昆虫が鳥に食べられた場合,昆虫体内の卵は消化されずに排泄される場合があるのではないか」との仮説を立て.この仮説を検証したところ,硬い卵をもつことで知られているナナフシの卵を鳥に食べさせると,一部の卵が無傷で排泄され,ふ化するという結果を得ることに成功しました.
鳥に食べられてもなお子孫を残す可能性を示す本研究は,昆虫が鳥に捕食されると例外なく死に至るものだという常識を覆すものです.むしろ,ナナフシのように移動能力が低い昆虫では,鳥による捕食が分布拡大を促進する要因になりえると言えます.
本研究成果は,5月18日に,国際誌「Ecology」にオンライン掲載されます.
研究の背景
自ら移動することができない植物にとって,生育場所を遠くへ広げることができるのは種子散布の段階のみです.このため,植物は様々な方法を用いて種子を遠くへ運び,分布域の拡大を図っています.その中でも多くの植物が採用している方法が,果肉を報酬として果実を鳥などの動物に食べてもらい,種子を未消化のまま糞と共に排出してもらうという方法です.しかし,多くの鳥は果実だけでなく昆虫も主要な餌としています.我々は,このことに着想を得て,「昆虫が鳥に食べられた場合,昆虫体内の卵は消化されずに排泄される場合があるのではないか」という仮説を立てました.もしそうであるならば,昆虫も植物と同じように,鳥を「乗り物」として利用して遠くに運ばれることがあるといえます.
研究の詳しい内容
このような卵を介した移動が成り立つ条件としては,(1) 消化管を無傷で通過するほど卵が丈夫である,(2) 糞の中の卵からふ化した幼虫は,餓死しないように自力で餌場にたどり着くことができる, (3) 受精は産卵直前に行われるため,昆虫体内の卵が未受精卵であっても発生が起こる,つまり単為生殖(メス単体で繁殖できる性質)が可能である,といった条件が必要です.また,植物の場合は自分で移動することができないので,子孫を遠くに運んでもらうメリットが大きいのですが,昆虫の多くは翅(はね)をもっており,自分で移動することができるため,このメリットは小さいと予想されます.よって,自身の移動能力が低い,という点も,その種の分布拡大にとって鳥に食べられることが重要となるポイントです.
これらの「卵が丈夫」,「幼虫が自力で餌場にたどり着ける」,「単為生殖が可能」,「飛べない(移動能力が低い)」という条件を全て満たすのがナナフシの仲間です.ナナフシの卵は,植物の種子に似た非常に硬い殻をもっています.ナナフシは地面にばらまくように産卵するため,ふ化した幼虫は自力で餌となる植物にたどり着きます.また,ナナフシの多くの種で単為生殖が可能です.さらに,ナナフシには翅がなく移動能力が低いことも知られています.ナナフシはうまく枝に擬態しているので,鳥に食べられる機会はあまり多くないように感じられるかもしれませんが,実際には鳥はナナフシの主要な天敵の一つであり,ナナフシはよく鳥に食べられています.食べられる機会が多いからこそ鳥の捕食を避けるように目ただない姿に進化したともいえるのです.
そこで本研究では,硬い卵をもつナナフシの卵を,ヒヨドリに食べさせて,卵が無傷で排泄されるかどうかを検討しました.その結果,トゲナナフシ,ナナフシモドキ,トビナナフシのいずれについても,5~20%の卵が無傷で排泄されることがわかりました.さらに,このうちナナフシモドキでは,鳥の糞から回収した卵から実際にふ化が起こることも確認できました.鳥に捕食されたにも関わらず,昆虫が子孫を残す可能性を示した本研究は,昆虫が鳥に捕食されると例外なく死に至るものだという常識を覆すものです (図1).
本研究で明らかになった「ナナフシの卵は無傷のまま鳥の消化管を通過できる」という知見と,「ナナフシの成虫は,頻繫にヒヨドリに食べられている」ことや「ナナフシのメス成虫のお腹の中には,すでに硬くなった卵が沢山入っている」ことをあわせて考えると,「ナナフシが鳥に食べられた場合,植物の種子と同じように,ナナフシ体内の卵が消化されずに排泄され,それがふ化して分布拡大に寄与する」というのは,十分にありえるストーリーです (図2).
一方,多くの植物は,動物への報酬として糖分や脂肪分など栄養に富む果肉を発達させており,目立つ色やにおいで動物を引き付けるという戦略をとっていますが,地味な見た目をしていることからもわかる通り,ナナフシは積極的に鳥に食べられようとしている訳ではないことには注意が必要です.しかし積極的に鳥に捕食されている訳ではなくとも,ナナフシのように移動能力が極めて低い昆虫では,鳥による捕食が移動分散や分布拡大を促進する要因となりえるでしょう.事実,ナナフシの仲間には,一度も他の陸地とつながったことがない海洋島にまで分布しているものも少なくありません.移動能力に乏しいと思われる生物がいかにして長距離移動を達成したのかは,古くはダーウィンをも悩ませたテーマです.今後,ナナフシの遺伝構造を解明し,「共通の遺伝子を持ったナナフシが,鳥の渡りのルートに一致して現れるか」や「鳥に種子の分散を託す植物とナナフシの遺伝構造が類似しているか」を検討していきたいと考えています.
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Journal
Ecology