News Release

AI技術でヒト表皮幹細胞を判別し移植用幹細胞培養の品質評価に成功

高品質な培養幹細胞の供給で再生医療を促進

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

Deep learning-based automated cell tracking (DeepACT) for identification of human keratinocyte stem cells.

image: DeepACT comprises two main modules: identifying human keratinocytes at single-cell resolution from phase-contrast images of cultures through deep learning and tracking keratinocyte motion in the colony using a state-space model. As human keratinocyte stem cell colonies exhibits a unique motion pattern, DeepACT can distinguish keratinocyte stem cell colonies from non-stem cell-derived colonies by analyzing the spatial and velocity information of cells. This system can be widely applied to stem cell cultures used in regenerative medicine and provides a platform for developing reliable and noninvasive quality control technology. view more 

Credit: Department of Stem Cell Biology,TMDU

 東京医科歯科大学・難治疾患研究所・幹細胞医学分野の難波大輔准教授の研究グループは、帝京大学大学院・医療技術学研究科・診療放射線学専攻の古徳純一教授と弘瀬拓矢大学院生との共同研究で、皮膚再生医療に使用される培養ヒト表皮幹細胞の新しい品質管理法を開発することに成功しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金 (17K102319)、新学術領域研究「シンギュラリティ生物学」 (19H05418)、ならびに大川情報通信基金 (19-08)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Stem Cells(ステムセルズ)に、2021年3月30日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 培養ヒト幹細胞を用いた再生医療は、基礎・臨床研究の段階から臨床応用、さらには産業応用のレベルまで世界中で展開されています。しかしながら、移植に使用される幹細胞や幹細胞由来製品の品質保証について、標準となる方法が未だ存在しておらず、実際の再生医療の現場では、その多くが明瞭な言語化や定量化が困難な細胞培養技術者独自の経験によって、移植に適合と判断された培養幹細胞や幹細胞由来製品が治療に使用されています。この客観的な培養幹細胞品質管理法の不在は、再生医療の治療効果の安定性だけでなく、大規模な幹細胞培養による再生医療の産業化やコストダウンを困難にしています。  

培養ヒト幹細胞を用いた再生医療の成功例としてよく知られている表皮幹細胞※1からの自家培養表皮シートの作製と移植においても、その治療効果の決定要因は表皮シートの品質であることが知られています。ヒト表皮幹細胞は、培養中に様々な環境変化によって容易に幹細胞性を消失することから、培養中の幹細胞状態を正確に把握することが、培養表皮シート移植による治療の成功に必須です。本グループは、培養中の細胞運動の解析から、ヒト表皮幹細胞を同定できることを明らかにしてきました(難波ら、J Cell Biol 2015)。これは、培養中の表皮幹細胞を非侵襲的に同定する技術の基盤となる研究成果ですが、ヒト幹細胞の多くは、培養状態では密集して存在するため、細胞運動を自動追跡する既存の手法では解析できず、目視での解析を余儀なくされてきました。しかしながら、目視での解析は、客観性、一貫性、労力の点から、再生医療や産業化に向けた大規模幹細胞培養に応用することができないため、自動化技術の開発が待ち望まれていました。

【研究成果の概要】  

本グループは、細胞同士が密に隣り合った表皮細胞に応用可能な新しい自動追跡システムを、個々の細胞の検出段階と、各々の細胞の追跡段階の2段階からなるアルゴリズムで構築しました。まず深層学習※2を用いた画像認識技術を用いて、密集して存在する培養ヒト表皮細胞集団(細胞コロニー)の個々の細胞を、自動検出できるシステムを開発しました。続いて、状態空間モデル※3であるカルマンフィルタを用いて、速度ベクトルで予測された位置を実際に自動検出した細胞の位置で補正しながら、各細胞を高精度で追跡できるシステムを開発しました。    

この2つの技術を組み合わせた自動細胞追跡システムをDeepACT (deep learning-based automated cell tracking)と名付け、実際の培養ヒト表皮細胞コロニーの連続画像を解析したところ、コロニーのほとんど全ての細胞を追跡することに成功しました。さらに、このシステムでは、単位時間あたりの細胞の移動速度を瞬時に測定し、その軌跡と共に画像上で可視化することで、コロニー内の細胞の運動状態を詳細に把握することが可能になります。

 このDeepACTを用いて、培養ヒト表皮細胞コロニー内の個々の細胞の運動解析を行ったところ、培養環境の変化を運動解析から定量的に評価することができました。さらに、コロニーの中心部の細胞の平均移動速度とコロニーの辺縁部の細胞の平均速度の比で計算される運動指数モーション・インデックス(MI)と、そのコロニーの長期的な自己複製能力を比較したところ、MIが1を超えるコロニーでは、多くが幹細胞コロニーであり、逆にMIが0.8以下のコロニーの多くが自己複製を消失した非幹細胞コロニーであることが明らかとなりました。以上の結果は、培養ヒト表皮幹細胞は、特徴的な細胞の運動パターンを示し、細胞の運動解析を行うことで、非侵襲的に培養ヒト表皮幹細胞の品質管理および同定が可能であることを示しています。

【研究成果の意義】  

ヒト表皮幹細胞から作製される培養表皮シートは、広範囲の重度熱傷への治療だけでなく、表皮の先天性疾患の遺伝子治療にも使用されています。本研究成果によって、皮膚再生医療で用いられる培養表皮シート作製過程における幹細胞の量や状態を、非侵襲的に定量評価することが可能となりました。今後は、本研究成果を応用し、優れた品質の培養表皮シートを選別・移植することで培養表皮シートを用いた再生医療の効率化や治療成果の向上が期待できます。また、角膜上皮幹細胞や口腔上皮幹細胞からも、培養表皮幹細胞と同じような手法で、培養角膜上皮シートや培養口腔上皮シートが作製され、移植に用いられていることから、これらの幹細胞を用いた再生医療にも本研究成果の活用が考えられます。  

本研究で用いた深層学習による画像認識と状態空間モデルによる物体追跡アルゴリズムを用いた自動細胞追跡システムは、様々な細胞種に応用できる汎用性の高い技術です。iPS細胞を含む多くの幹細胞は、培養系でその状態に相関した運動パターンを示す可能性があることから、本研究成果は、再生医療に使用される培養ヒト幹細胞の品質管理法として広く応用が期待されます。

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【用語解説】

※1表皮幹細胞:表皮に存在する組織特異的幹細胞。培養系においても表皮組織を形成する能力を保持しており、培養表皮シートとして重度熱傷などの治療に用いられている。

※2深層学習: ニューラルネットワークを多層にしたことで、初期のニューラルネットワークよりも桁違いの性能を発揮できるようになったニューラルネットワークの総称。様々なアーキテクチャがあり、本研究でも独自のものを使用している。

※3状態空間モデル: ある変数の確率分布を予測する式を、状態のシステマティックな変化を表す式と、観測値を表す式との組み合わせで表現するモデルの総称。カルマンフィルタは代表的な状態空間モデルである。実際の観測値の情報を柔軟に取り込んで予測精度を上げることができ、このような使い方をデータ同化とよぶ。


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