News Release

カルシウムイオンの欠乏が細胞分裂異常を誘導する

Peer-Reviewed Publication

Osaka University

Figure

image: The effects of Ca2+ on chromatin condensation revealed by the measurement of the change in fluorescence life time. Nucleosome was labelled by EGFP and mCharry and it enables us to monitor chromatin condensation status by measuring the change in the fluorescence life time. Higher Ca2+ concentration induces shorter fluorescence life time indicating chromatin condensation (upper panel). In contrast, lower Ca2+ induces longer life time indicating chromatin decondensation (lower panel). Bar, 100 nm. view more 

Credit: Osaka University

本研究成果のポイント

  • 細胞の分裂にはカルシウムイオン[1] が必要であることと、カルシウムイオンの欠乏が細胞分裂の異常を誘導することを明らかに
  • 試験管内の実験では、カルシウムイオン濃度が染色体[2] の凝縮[3] 状態に関係することが証明されているが、生きた細胞内でも同様に関係しているのかは不明だった
  • 今後、カルシウムイオンのように、DNA[4] の電荷を変化させる因子を用いてクロマチン[5] の凝縮状態をコントロールし、遺伝子発現[6] を制御する新たな医療技術の開発に期待

概要 

大阪大学大学院工学研究科の?田英昭助教、福井希一名誉教授、Rinyaporn Phengchat(ペンチャットリンヤポーン)大学院生の研究グループは、生きた細胞を用いて、細胞分裂する際の染色体凝縮にカルシウムイオンが必要であることを世界で初めて明らかにしました。また、細胞内カルシウムイオン濃度の減少により、染色体の整列異常や細胞分裂の遅延が観察されることから、カルシウムイオンが正常な細胞の分裂に必要であることが明らかになりました。

私たちヒトのように、細胞内の核にDNAを保存している生物は、細胞が分裂する時にDNAを染色体へと凝縮させます。そして、その染色体凝縮時に異常が発生すると、癌をはじめとする様々な疾患を招くことから、染色体凝縮のメカニズムの解明は重要な課題となっています。

染色体凝縮のメカニズムには、DNAが持つ負電荷がカルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの二価陽イオン[7] の働きで中和されることが関与すると考えられています。実際に試験管内の実験では、二価陽イオンが染色体の凝縮を誘導することが証明されています。ところが、生きた細胞内で染色体凝縮の変化を高感度に検出する手法が無かったため、これまでは二価陽イオンが生きた細胞内でも染色体凝縮をさせるかどうかは解明されていませんでした。

今回、本研究グループは、DNAが蛋白質に巻きついてできるヌクレオソームと呼ばれる構造体に蛍光蛋白質を結合させ、蛍光蛋白質の蛍光寿命[8] の変化を二光子励起顕微鏡[9] により測定することで、カルシウムイオンが細胞内においてDNAの電荷を中和することで染色体凝縮に関与することを解明しました(図1) 。

これにより、染色体凝縮のメカニズムの解明が進むとともに、染色体異常と関係する疾患の治療や予防につながることが期待されます。

研究の背景

生物は遺伝情報をDNAに記録しています。そして、細胞が分裂するときには、DNAが染色体へ凝縮することで、2つの娘細胞に安全かつ均等に複製されたDNAが分配されます。私たちヒトの場合は、一つの細胞の中には46本の染色体が存在し、長さは数マイクロメートル(1マイクロメートルは百万分の1メートル)の一本の染色体には数cmのDNAが折り畳まれています。つまり、細胞が分裂する時に、DNAは1万倍凝縮すると言えます。

ところが、どのようにして生物がそのような高度なDNAの凝縮を達成しているのかは未だ明らかになっていません。もし、細胞が染色体凝縮に失敗すると、DNAが正しく娘細胞に分配されなくなり、染色体数の異常や細胞の癌化につながります。このため、染色体凝縮のメカニズムを解明することは生命科学における重要な課題といえます。

染色体凝縮に必要な因子はいくつか報告されており、その一つが二価陽イオンであるカルシウムイオンです。カルシ ウムイオンは細胞内に情報伝達を行うシグナル分子としてよく知られており、通常細胞内のカルシウムイオン濃度は数十nM[10] (ナノモーラー、1nMは1Mの10億分の一)と非常に低く保たれています。そして、この細胞内カルシウムイオン濃度が急激に上昇することで、筋肉の収縮のような様々な細胞活動が誘導されます。つまり、カルシウムイオンは細胞内に「変化」をもたらすきっかけとなる重要な因子です。カルシウムイオンとクロマチンの関係に注目すると、分裂していない細胞核内のカルシウムイオン濃度は2〜3mM(ミリモーラー、1mMは1Mの千分の一)ですが、分裂期の染色体内ではその濃度は12〜24mMに上昇することが報告されています。このことから、カルシウムイオン濃度の上昇によって、染色体の凝縮が誘導されることが考えられます。実際、試験管内の実験においては、溶液中のカルシウムイオン濃度が染色体の凝縮状態に関係することが証明されています。ところが、クロマチンの凝縮状態を生きた細胞内で定量的に評価することが困難であったため、カルシウムイオンが本当に細胞内でも染色体の凝縮に関係しているのかは分かっていませんでした。

研究の内容

本研究では、生きた細胞の中でクロマチンの凝縮状態を捉えるために、FLIM-FRET(蛍光寿命-蛍光共鳴エネルギー移動)という顕微鏡技術を利用しました 。クロマチンは蛋白質にDNAが巻きついたヌクレオソームと呼ばれる構造を基本として構成されています。このヌクレオソームを構成する蛋白質に緑色の蛍光を発するEGFPと赤色の蛍光を発するmCherryという蛋白質を結合させると、クロマチンが凝縮して、ヌクレオソーム間の距離が接近すると、EGFPとmCherryが接近する確率も高くなります。EGFPとmCherry間の距離が短いと(10ナノメートル以下、1ナノメートルは10億分の1メートル)、励起されたEGFPからmCherryへエネルギーが移動し(FRET)、EGFPの蛍光寿命が減少します。一方、クロマチンが脱凝縮していると、ヌクレオソーム間の距離が離れるため、EGFPとmCherryの距離も遠くなる確率が高くなり、EGFPの蛍光寿命はクロマチンが凝縮しているときよりも長くなります。このため、EGFPの蛍光寿命の変化を測定することで、クロマチンの凝縮状態の変化を調べることが可能になります。

正常な細胞においては、クロマチンが凝縮して染色体となる分裂中の細胞からは、分裂していない細胞よりも短いEGFPの蛍光寿命が観察されることから、本システムを用いてクロマチンの凝縮を正しく観測することができていることが分かります。しかし、BAPTA-AMという試薬を用いて、細胞内のカルシウムイオンを減少させることで細胞が分裂する時のEGFPの蛍光寿命が長くなる、つまりクロマチンの脱凝縮が観測されました。カルシウムイオン濃度の低下によって観察されたクロマチンの脱凝縮は、細胞内のカルシウムイオン濃度を上昇させることで元の凝縮した状態に復帰しました。このとき、カルシウムイオンの代わりに、同じ二価陽イオンであるマグネシウムイオン濃度を上昇させた場合でも、同様にクロマチンの凝縮状態への復帰が観察されました。これらの結果から、細胞分裂中の染色体凝縮は、カルシウムイオンなどの二価陽イオンがクロマチンに結合することでDNAの負電荷を中和し、DNA鎖間の反発を抑えることで達成されることが明らかになりました。また、電子顕微鏡を用いて染色体の表面を観察したところ、カルシウムイオン濃度が高いときにはクロマチンが凝縮したと考えられる球状構造が、低いときには脱凝縮したと考えられる繊維状の構造が観察され、カルシウムイオンが染色体形態に関係することも明らかとなりました。

細胞内カルシウムイオン濃度の低下は、クロマチンの脱凝縮だけでなく、細胞分裂の進行に遅れを生じさせることも明らかとなりました。また、細胞分裂中の染色体の挙動に異常が生じる様子も観察されました。このことから、カルシウムイオン濃度の低下によってクロマチンの正常な染色体への凝縮が妨げられ、細胞分裂の異常につながることが考えられます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、主要な体内の金属イオンであるカルシウムイオンが細胞内でのクロマチン凝縮状態を制御する因子の一つであることが明らかとなりました。さらに、細胞内カルシウムイオン濃度の低下によって、細胞分裂の異常が引き起こされることも明らかとなりました。このため、カルシウムイオンの細胞内での機能をさらに詳細に解析することで、染色体凝縮や細胞分裂のメカニズム解明が進むことが期待されます。

また、クロマチンの凝縮状態をDNAの電荷を変化させることで制御できる可能性が示唆されました。このため、カルシウムイオンなどの二価陽イオンを用いてクロマチンの凝縮状態を制御し、遺伝子発現を調節するような新たな遺伝子工学・医療技術の開発も期待できます。

本研究では、細胞内のクロマチンの微細な構造変化を蛍光寿命の測定により捉えることが可能になりました。このため、本手法を用いることで、薬剤がクロマチン構造に及ぼす影響を評価する薬剤効果のモニタリングシステムの開発といった応用展開も期待されます。

なお、本研究は、文部科学省科学研究費助成事業基盤研究(A)・若手研究(A)の研究費支援を受けて行なわれました。

###

用語解説

※1 カルシウムイオン

細胞内にはマグネシウム、カルシウム、亜鉛、鉄といった様々な金属イオンが存在しています。カルシウムイオンは細胞内の情報伝達に用いられており、その濃度は細胞内で厳密に制御されています。細胞内では小胞体と呼ばれる細胞内小器官に蓄えられています。

※2 染色体

細胞が分裂する時に、DNAが凝縮することで観察されるX字型の形態をした構造体です。ヒトの場合、一つの細胞には46本の染色体が存在しています。

※3 凝縮(脱凝縮)

長いDNAが短く折り畳まれることを凝縮、逆に折り畳まれたDNAが長くなることを脱凝縮といいます。ヒトの場合、全長数センチメートルのDNAが数マイクロメートル(1マイクロメートル=百万分の1メートル)の染色体に折り畳まれます。

※4 DNA(デオキシリボ核酸)

DNAは、生命の設計図であり、2本のごく細い鎖が、同じ軸を中心にらせんをまいた構造をしています。遺伝情報は塩基対として記録されています。二重らせんの直径は約2ナノメートル(ナノ=10のマイナス9乗)で、DNAを伸ばすと、全長はヒトで2メートルにおよびます。

※5 クロマチン

DNAはヒストンと呼ばれる蛋白質に播きついてヌクレオソームと呼ばれる構造を形成します。ヌクレオソームはさらにヒストン以外の蛋白質と結合し、クロマチンと呼ばれる繊維状の高次構造を形成し、核の中に収められています。

※6 遺伝子発現

遺伝子はDNAに記録されていますが、DNAの情報はRNAポリメラーゼと呼ばれる酵素に読み取られてDNAからメッセンジャーRNAが合成されます。そして、メッセンジャーRNAの情報を元にリボソームと呼ばれる蛋白質複合体により蛋白質が合成されます。このように、DNAの遺伝情報が読み取られて蛋白質として機能することを遺伝子発現と呼びます。

※7 二価陽イオン

原子から2個の電子が失われて正に帯電したもの。

※8 蛍光寿命

蛍光分子は、特定の波長の光のエネルギーを吸収して励起状態になった後、エネルギーを蛍光として放出することで基底状態に戻ります。この励起状態から基底状態に戻るまでの時間が蛍光寿命です。蛍光寿命は蛍光分子の周辺環境に依存して変化しますが、通常数ナノ秒程度です。

※9 二光子励起顕微鏡

2つの光子を同時に蛍光蛋白質に吸収させることで、通常の蛍光顕微鏡観察で用いる光よりも少ないエネルギー(長波長)の光を用いて観察する方法。従来の方法よりも、細胞に与えるダメージが少ない、厚みのある試料を観察できるといった利点があります。

※10 M(モーラー)

モル濃度と呼ばれる、物質の濃度を示す単位の一つ。例えば、1Mのカルシウム水溶液は、1リットルの水にカルシウムイオンが6.02×1023個存在していることを示します。


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.