News Release

バイオマスを化成品原料として有効利用するための新触媒

炭素と酸素の結合のみを加水素分解

Peer-Reviewed Publication

University of Tokyo

image: This depicts the mechanism of selective hydrogenation of the carbon-oxygen bond by concerted action of the ligand and the metal. view more 

Credit: © 2015 Kyoko Nozaki

このニュースリリースには、英語で提供されています。

現在の化学産業は、石油をはじめとする化石資源を原料として成り立っている。しかし、化石資源には限りがあるため、化成品の原料となる代替資源が求められている。そこで、再生可能資源である植物資源、とくに非可食部分の利用がその有力な候補として研究が進められている。これらの資源は一般にバイオマスと総称され、バイオマスが化石資源に代わり化成品の原料として利用できるようにするためには、さまざまな課題を解決する必要がある。

今回、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の野崎京子教授と楠本周平助教は、新規の触媒を開発し、バイオマスの主成分であるリグニン(注1)に多く含まれる炭素―酸素の単結合のみを水素で還元的に切断することに成功した。リグニンとは、木材などの木質バイオマスに多く含まれる高分子化合物であり、化学構造が複雑なため、化学工業に有用な原料への変換が困難であることが知られていた。今回、新規イリジウム触媒を開発することによって、(1)水素によるフェノール類の脱酸素反応、(2)水素による芳香族メチルエーテルからのメチル基の除去を達成した。

従来の触媒を用いると、リグニンの芳香環(図1~4内の六角形の環状の部分)がまず水素と反応してしまうという問題があったが、今回は芳香環が水素と反応することなく、炭素と酸素の結合だけを切ることができた。今回開発したイリジウム触媒において、配位子(ヒドロキシシクロペンタジエニル配位子)と金属(イリジウム)が協働的に働いたことが成功の鍵である。

現在は石油から得ている基礎化成品原料であるベンゼン、トルエンなどの芳香族炭化水素(BTX)やフェノール類を、バイオマスから製造する手段としての利用が期待される(図1)。

現在までに化学工業では、石油資源(低酸化度の炭化水素化合物)を酸化することによって有用化学原料へと変換する製造手法が開発されてきた。しかしながら近年、石油資源の枯渇に際し、石油資源の代替として、再生可能資源であるバイオマスの利用が強く望まれている。特に木材に多く含まれるリグニンの有効利用が重要な課題である。リグニンは3次元網目状の芳香族ポリエーテル構造を持ち、その構造の複雑さゆえに化学的な変換が困難である。このため、その大部分は現在、熱源として用いられているに留まる。

高酸化状態にあるリグニンを芳香族化成品原料として利用するためには、水素による還元反応、とくにリグニン中に多く含まれる炭素―酸素結合の還元的切断反応の開発が必要である。しかし従来の技術では、リグニンを水素化によって分解する際、芳香環の水素化が炭素―酸素結合の還元に競合してしまうという問題点を抱えていた。そこで、リグニンの水素化において芳香環を還元せず、炭素―酸素結合のみを選択的に切断する触媒の開発が重要な課題であった。

今回、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の野崎京子教授と楠本周平助教は、フェノール類及び芳香族メチルエーテル類の芳香環を還元することなく、炭素―酸素単結合のみを選択的に水素化するイリジウム触媒を開発した。今回開発したヒドロキシシクロペンタジエニルイリジウム錯体存在下、フェノールを一気圧の水素と反応させると、水酸基の除去された芳香族化合物を選択的に得ることができる(図2)。加えて、水素化を受けやすいナフタレン環を持つナフトール類の脱酸素反応も可能であり、炭素―酸素結合に対する高い選択性が達成されている。また、同じイリジウム触媒を用いることで、芳香族メチルエーテルの加水素分解による脱メチル反応も達成した(図3)。従来、芳香族メチルエーテルの脱メチル化には強酸・強塩基条件が必要であったが、今回開発した触媒を用いることで、初めて中性条件での反応が可能となった。また、通常、遷移金属触媒を用いると芳香環と酸素原子の間の結合が切断されるが、今回は、酸素とメチル基との結合が選択的に切断される点も特徴的である。これらの特徴的な反応性、選択性は、金属上のヒドリド(注2)と配位子上のプロトンの協働作用に由来するものである(図4)。すなわち、金属上のマイナスに帯電した水素原子と配位子上のプラスに帯電した水素が、協奏的に炭素―酸素結合に移動することで、より極性の高い結合である炭素―酸素結合が、炭素―炭素二重結合に優先して還元される。また、ヒドリドによる求核攻撃(注3)という反応機構を経由することから、メチル炭素と酸素の間の結合を優先して切断することが可能になった。さらに野崎教授らは、これらの触媒的水素化反応を利用しリグニン中に含まれる典型的な部分構造を持つ化合物の脱酸素反応も行い、リグニンの脱酸素による芳香族基礎化成品生産の可能性があることも示した。

今回開発した触媒は、再生可能なバイオマスから芳香族基礎化成品の生産を可能にする基盤技術を提供するものである。本技術が広く利用されることにより、石油に対する依存度を減らし、再生可能資源に立脚した社会の構築に貢献すると期待される。また、金属と配位子の協働作用が、現在まで不可能と考えられてきた反応を達成する鍵となった。このような協働作用がより広く研究されることで、有機合成の分野に貢献する可能性がある。今後は錯体構造と触媒活性との関係を調べ、リグニンからのBTX生産の実用化につなげる研究に取り組んでいく予定である。

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発表雑誌:

雑誌名:Nature Communications (2月23日 オンライン)
論文タイトル:Direct and Selective Hydrogenolysis of Arenols and Aryl Methyl Ethers
著者:Shuhei KUSUMOTO, Kyoko NOZAKI

注意事項:

日本時間2月23日(月)午後7時 (英国時間:23日(月)午前10時)以前の公表は禁じられています。

問い合わせ先:

東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
野崎京子(ノザキ キョウコ)教授
電話 03-5841-7261(野崎教授不在の際は、恐れ入りますが、03-5841-7264 楠本周平(クスモトシュウヘイ)助教にご連絡ください)
FAX 03-5841-7263
e-mail: nozaki@chembio.t.u-tokyo.ac.jp

用語解説:

注1.リグニン:木材などの木質バイオマスに多く含まれる高分子化合物であり、3 次元網目状芳香族ポリエーテル類の総称
注2.ヒドリド : 負に帯電した水素、水素化物イオン
注3.求核攻撃:負に帯電した原子(団)(今回はヒドリドイオン)が正に帯電した原子(団)(今回はメチル炭素)と結合を作る反応

添付資料:

図1 基礎化学原料のこれまでの製造手段(左)と今後期待される製造手段(右)

図2 今回新規に開発したイリジウム触媒「ヒドロキシシクロペンタジエニルイリジウム錯体」が促進する水素とフェノール類の選択的脱酸素反応

図3 今回新規に開発したイリジウム触媒「ヒドロキシシクロペンタジエニルイリジウム錯体」が促進する、メチル基の除去反応。中性条件において、水素が芳香族メチルエーテルからメチル基を除去する。


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