沖縄科学技術大学院大学(OIST)では、異なる研究分野間の連携を推進しています。この度、ソフトマター物理学と構造生物学という異分野の研究者が協力し、界面活性剤を用いた結晶化・可視化法を開発しました。界面活性剤は表面を活性化する働きがあるため、洗剤や化粧品、ペンキなど数多くの工業製品に使われています。生物学から見ても、物理学から見ても、三次元で原子がきちんと並んだ結晶を作ることは非常に難しいのです。今回、英国科学誌ネイチャーの姉妹誌であるScientific Reportsに掲載されたOISTの学際的研究成果は、新薬発見と薬の体内輸送をより加速し、製薬や材料科学、バイオ技術に応用できます。
本研究で、OISTの研究チームは生体適合性がある界面活性剤を二つ組み合わせました。一つはTween80と呼ばれる無帯電の生体適合性界面活性剤で、医薬品製造や化粧品などに使われています。もう一つは、モノラウリンと呼ばれる界面活性剤で、ココナッツオイルに含まれている成分です。界面活性剤は親水性と疎水性という二つの相反した性質を持ち合せています。つまり、界面活性剤の分子内には水を好む親水基と、水を拒む疎水基の両方が含まれているのです。界面活性剤を水に溶かすと、親水基の分子が外側に集まり、球形をした集合体のミセルを形成します。この球状ミセルから結晶への移行は極めて複雑な過程で、形の変化が次々と起こります。OISTの研究チームは、適温で狭い空間に閉じ込めた球状ミセルをせん断流で撫でると、ミセルは様々な形をとることを見いだしました。
「わずか5分後には、サンプル溶液が濁って乳白色になりました。OIST構造細胞生物学ユニットに頼んで、溶液中に形成されたはずのミミズ状ミセル、分岐ミセル、および結晶状の構造を確認してもらいました」と説明するのは、OIST博士課程履修時に同学マイクロ・バイオ・ナノ流体ユニット代表のエイミー・シェン教授に師事したジョシュア・カーディエル博士です。カーディエル博士は現在、ポスドク研究員としてアメリカ国立標準技術研究所(NIST)に勤務しています。
溶液中の様子を観察するため、ウルフ・スコグランド教授率いるOIST構造細胞生物学ユニットは、低温電子顕微(クライオ電顕)と呼ばれる新しいタイプの電子顕微鏡を用いて、-200℃近い温度でサンプルを凍結・分析しました。クライオ電顕で撮影した画像は、濁度の上昇は球状ミセルから、より原子が並んだ構造へと移行するためであることを示しています。ミセルは球状からミミズ状に組織化し、更に分岐ミセルになり、最終的に結晶様構造に変化します。
シェン教授は独自の結晶法について次のように説明しています。「従来の結晶学では、サンプル溶液から水を化学的に除去する塩析という手法を用います。また、最適な結晶状態を作りだすには、極めて緻密な温度調整が必要となります。これに対し、私たちの研究はせん断流を外から加えることにより、室温で結晶化を誘導する利点があります。」。
スコグランド教授は「質の良い結晶を得ることがいかに骨の折れる作業であるか結晶学者なら誰もが知っています。私たちの開発した手法を用いれば、通常、X線結晶解析で使われている結晶サイズの100分の1の大きさ(0.1㎛)の結晶を再現可能な方法で作りだすことができるようになるかもしれません」と述べた上で、「今後も引き続き物理学者と連携しながら新手法の可能性を探っていきます」と、学際的研究の継続に改めて意欲をにじませました。
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Journal
Scientific Reports