本研究成果のポイント
- 質量のないディラック電子※1 を有した、電気伝導性を磁場で大幅に制御できる新しい磁石(磁性体)を発見しました。
- 磁石の性質を変化させ、ディラック電子層間の電気抵抗(二次元的な閉じ込め度合い)を10倍以上増強させることにより、三次元のバルク固体(多積層物質)中にもかかわらず、二次元的電子状態に起因する半整数量子ホール効果※2 を実証しました(図1)。
- 本研究結果は、ディラック電子の磁気的制御法を確立するための重要な指針を与えるものであり、今後は従来にない超高速スピントロニクス素子を使用した超高速かつ省エネ動作が可能な磁気デバイス(ハードディスクのヘッドや磁気抵抗メモリ MRAMなど)等への応用が期待されます。
リリース概要
固体中の電子の運動が質量のない粒子として記述できるディラック電子系物質は、黒鉛の単原子層(グラフェン)を筆頭に、極めて高い移動度を持つため、次世代エレクトロニクスへの応用が期待されています。
今回、大阪大学大学院理学研究科 酒井英明准教授(研究開始時:東京大学大学院工学系研究科 助教)、東京大学大学院工学系研究科 石渡晋太郎准教授(JSTさきがけ研究者兼任)、同研究科 増田英俊大学院生らの研究グループは、ディラック電子を有するビスマス(原子番号83の元素)の二次元層とユーロピウム(原子番号63の元素)等からなる磁性ブロック層が積層した磁性体の合成(図1)に成功し、東京大学物性研究所 徳永将史准教授、東京大学大学院工学系研究科 山崎裕一特任講師(理化学研究所創発物性科学研究センター ユニットリーダ兼任)、東北大学金属材料研究所 塚﨑敦教授らと共同で、ディラック電子の超高速伝導が磁気状態に依存して劇的に変化することを発見しました。さらにこの効果を利用して、ディラック電子を電気伝導層であるビスマス層(二次元層)内に強く閉じ込めることにより、ディラック電子層が積層したバルクの磁性体において初めて、ホール抵抗値が離散的となる半整数量子ホール効果を実現しました。本研究成果は、ディラック電子の強相関量子伝導現象という新規学術分野の開拓だけでなく、超高速で省エネルギーなエレクトロニクスへの基礎となる超高速スピントロニクス実現に向けた新機軸になると期待されます。
本研究成果は、Science Advances誌(日本時間1月30日午前4時)に掲載されました。
研究内容
背景
通常の金属や半導体中の電子の運動は、質量を持った粒子として振る舞うことが知られています。しかし、近年、黒鉛の単原子層(グラフェン)では、質量のない粒子として電子が伝導することが明らかとなり、大きな注目を集めました(2005年ノーベル物理学賞)。このような固体中のディラック電子は、極めて高い移動度(例えば、グラフェンでは室温で20,000 cm2/Vsであり、シリコンの約20倍以上)を有するため、超高速で省エネルギーなエレクトロニクスへの応用などが期待されています。実際の応用例としては、ハードディスクのような磁気的情報メディアにおけるデータの超高速書き込み/読み込みを、ディラック電子の外部磁場制御により実現することなどが考えられます。そのためには、ディラック電子による高い伝導性と磁場に対する高い応答性も併せもった新しい磁性体を開拓する必要があります。しかしながらこのような物質は極めて希であるため、固体中の磁性とディラック電子の伝導性との相関は未解明な点が多く、現在スピントロニクスの分野における重要な問題の一つとして、精力的に研究が進められています。
内容
本研究グループは、高真空中のフラックス合成法※3 により、ディラック電子と磁石の性質が共存すると予想される高品質単結晶の層状物質(EuMnBi2)の合成に成功しました。この物質は、ディラック電子状態を担うビスマス層と、磁石の性質を担うユーロピウム等からなるブロック層が積層したハイブリッド構造を特徴とします(図1)。本研究では、この物質においてディラック電子と磁気状態が互いに強く結びついていることを実証するために、東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設、および東北大金属材料研究所強磁場超伝導材料研究センターにおいて、強磁場中(約30-60テスラ)の電気抵抗測定を行いました。さらに磁気状態の解明に向け、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所フォトンファクトリーにおいて、放射光エックス線の磁気散乱実験も行いました。その結果、ユーロピウムの磁気秩序に伴い電気抵抗率が大きく変化することを発見しました。特に面直方向へ磁場を加え、磁気モーメントの方向を90度回転させると、面直方向への伝導が1桁近く抑制され、ディラック電子を面内に強く閉じ込めることが出来ることがわかりました(図2左)。さらにこの状態では、ホール抵抗が量子化抵抗値(約25.8kΩ=h/e2)を(半)整数で割った値で一定となる量子ホール効果が実現していることが示唆され、ディラック電子がほぼ理想的な二次元系に達していることを見出しました(図2右)。
展望
本研究により、ディラック電子が電流を担う特殊な磁石が存在することがわかりました。さらにその磁気的な特性を変化させることにより、ディラック電子の電気伝導を劇的に変化させる方法を見出しました。以上の研究成果は、今までになかった強相関ディラック電子物質という新しいスピントロニクス材料を切り拓く結果であり、今後は超高速かつ省エネ動作が可能な磁気デバイス(ハードディスクのヘッドや磁気抵抗メモリ MRAMなど)への応用が期待されます。
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発表雑誌
雑誌名:「Science Advances」(オンライン版:日本時間1月30日午前4時)
論文タイトル:Quantum Hall effect in a bulk antiferromagnet EuMnBi2 with magnetically confined two-dimensional Dirac fermions
著者:Hidetoshi Masuda, Hideaki Sakai*, Masashi Tokunaga, Yuichi Yamasaki, Atsushi Miyake, Junichi Shiogai, Shintaro Nakamura, Satoshi Awaji, Atsushi Tsukazaki, Hironori Nakao, Youichi Murakami, Taka-hisa Arima, Yoshinori Tokura, Shintaro Ishiwata
DOI番号:10.1126/sciadv.1501117
用語解説
※1 ディラック電子
真空中の電子の速度が光速に近づくと、相対論的量子力学により定式化されたディラック方程式に従うようになるが、物質中においても特殊な結晶構造に起因して、電子の運動方程式がディラック方程式と類似することがある。このような固体中の電子状態をディラック電子と呼び、近年、理論的・実験的に大きな注目を集めている。2005年のノーベル物理学賞の対象となったグラフェンが、有名なディラック電子系物質の例。
※2 (半)整数量子ホール効果
半導体の接合界面などの二次元的な電子状態に、強磁場を加えると電子の運動が量子化されるため、ホール抵抗にプラトーと呼ばれる一定値の領域が現れ、同時に縦抵抗はゼロとなります。プラトーの値は、プランク定数hと電気素量eを用いて、h/νe2で表され、νが整数(1, 2, 3, ...)の場合を整数量子ホール効果と呼ぶ。ディラック電子系の場合、ディラック点の特異性により、νが半整数(0.5, 1.5, 2.5, ...)となることが知られている(図2参照)。
※3 フラックス合成法
参考URL
比較的融点の低い融剤(フラックス)に、合成したい化合物の原料を溶かしこみ、過飽和の条件で析出させて単結晶を得る方法。本研究では、EuMnBi2の合成に必要なビスマスを、組成比よりも過剰に加えた原料を用いる自己フラックス法を採用した(融点の低いビスマスが融剤として働く)。
大阪大学大学院理学研究科 花咲研究室
http://www-gmr.phys.sci.osaka-u.ac.jp/index.html
Journal
Science Advances