沖縄科学技術大学院大学(OIST)計算脳科学ユニットの研究により、ある重要な脳細胞のユニークな特性を、コンピュータモデルが再現して説明可能なことが初めて明らかになりました。eLife誌に掲載された本研究は、ニューロン集団が高速で発火する際、どのようにして同期し、自己組織化するかのメカニズムに焦点を当てました。
モデルは小脳内に存在するプルキンエ細胞に焦点を当てています。プルキンエ細胞は後脳に位置する高密度な領域で、機能の一部として身体や脳の他の領域からの入力を受け、ヒトの体の動きの正確さやタイミングなどを微調整する働きを保持しています。
「プルキンエ細胞については、多くの実験データがあるため、計算のモデル化には魅力的な研究対象となっています。しかし数年前のニューロンの実験研究で、既存のモデルでは再現できない奇妙なふるまいが発見されました」と、計算神経科学ユニットを率いるエリック・デシュッター教授は説明します。
研究では、プルキンエ細胞の発火率が、他の隣接するニューロンから発せられた信号に対しての反応にいかに影響するかが示されました。
ニューロンが電気信号を発射する速度は、他のニューロンに情報を伝達する最も重要な手段のひとつです。「活動電位」と呼ばれるスパイクは、「オール・オア・ナッシング」(全か無か)の法則に沿っており、発生するかしないかにかかわらず、電気信号の大きさは変化せず、周波数だけが変化します。入力が強ければ強いほど、ニューロンは素早く発火します。
しかし、ニューロンは独立して発火することはありません。「ニューロンは、電気信号を発信している他の多くのニューロンとつながり、絡み合っています。スパイクは、シナプス接合を介し、隣接するニューロンに影響を与え、発火パターンを変化させることができます」と、デシュッター教授は説明を続けます。
興味深いことに、プルキンエ細胞の発火が遅い場合、接合している細胞からのスパイクは、ニューロンのスパイクにほとんど影響を与えません。しかし発火率が上がると、入力スパイクの影響が大きくなり、プルキンエ細胞の発火が早くなります。
「既存のモデルではこのふるまいを再現することができなかったため、なぜこのようなことが起こったのかを説明することができませんでした。既存モデルはスパイクを模倣するには優れていましたが、スパイク間でニューロンがいかにふるまうかについてのデータが不足していたのです。そこで、より多くのデータを含む新しいモデルが必要であることは明らかでした。」と同教授は語ります。
新たなモデルを試して
幸いなことにデシュッター教授の研究室では、元ポスドク研究員のユンリャン・ザン博士が中心となり、最新モデルを開発したばかりでした。
新たなモデルを完成させた後、チームは初めてこのモデルが特定の発火率に依存するふるまいを再現できることを発見しました。
このモデルにより、スパイク間において急速に発火しているニューロンよりも、ゆっくりと発火しているプルキンエ細胞のほうが膜電圧がはるかに低くなっていることが確認されました。
「新たなスパイクを誘発するためには、膜電圧が閾値に達するほど高くならなければなりません。ニューロンが高率で発火しているときには、膜電圧が高くなることで、入力刺激が膜電圧をわずかに上昇させ、閾値を越えて新たなスパイクを引き起こしやすくなるのです。」と、デシュッター教授は説明しています。
研究チームは、発火の速いニューロンと遅いニューロンの間で見られるこれらの膜電圧の違いは、プルキンエ細胞における特定の種類のカリウムイオンチャネルによるものであることを見出しました。
「従来のモデルは、私たちが知っている一般的なタイプのカリウムチャネルだけを使って開発されました。しかし新たなモデルは、プルキンエ細胞に特異的なタイプの多くのカリウムチャネルに関するデータを含む、はるかに詳細で複雑なものになっています。これにより、既存モデルでは実現できなかった特異なふるまいが再現され、理解されるに至ったのです。」と、同教授は説明を付け加えました。
同期のポイント
その後研究者らはこのモデルを使って、プルキンエ細胞のネットワーク全体で、より大規模なスケールにおけるふるまいへの影響を調べることにしました。研究チームは、高い発火率では、ニューロンは緩やかに同期を始めると同時に発火することを発見しました。その後発火率が遅くなると、同期はたちまち失われました。
同ユニットのグループリーダーであるホン・ソンホ博士は、より単純な数学モデルを用いることで、このような関連性は、プルキンエ細胞が接合された神経細胞からのスパイクに反応する発火速度の違いによるものであることを確認しました。
「これは直感的にも理にかなっています。つまり、このような他のスパイクとの同期は、プルキンエ細胞が急速に発火している場合にのみ起こるのです。」とコメントするデシュッター教授は、ニューロンの同期には、小脳への入力に反応して発火率を適応させる必要があると説明を加えました。
脳科学の分野では、同期の役割についてはいまだ議論の的となっており、その正確な機能は十分に理解されていません。しかし多くの研究者は、認知プロセスにおいて神経活動の同期が一定の役割を持ち、脳の離れた領域間のコミュニケーションを可能にしていると考えています。プルキンエ細胞は、強力でタイムリーな信号を送ることができ、運動を開始するために重要である可能性が実験で示されました。
「今回の研究は、ニューロンの発火率が同期する力に影響を与えるかどうかを探求した初の研究であり、同期したニューロン集団がいかに素早く現れたり消えたりするのかを説明しています。脳内の他の回路においても、このような発火率に依存するメカニズムがわかるかもしれません」と、デシュッター教授は研究の意義を説明します。
研究チームは現在、このモデルを使い、個別でもネットワークとしても、脳細胞がどのように機能しているのかをさらに深く調べる計画です。デシュッター教授は、技術が発展し計算能力が強化された際には、以下のような究極の目標を達成したいと考えています。
「私の目標は、可能な限り複雑で現実的なニューロンのモデルを構築することです。OISTにはこの目標を実現するためのリソースと計算能力があり、可能性の枠を広げる実に楽しい科学に取り組むことができます。ニューロンをより深く、より詳細に掘り下げてこそ、何が起こっているのかをより深く理解することができるのです。」
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