私たち人間を含む多細胞生物のDNAの大部分は細胞の核内に折りたたまれて格納されています。しかし、ごくわずかなではありますが、ミトコンドリアと呼ばれる、細胞に必要なエネルギーを産出し、細胞内の様々な代謝を調整する細胞内小器官の中に収められています。
核内DNAが両親からの遺伝情報を受け継ぐのとは異なり、ミトコンドリアにあるDNA(mtDNA)は母親から子へと受け継がれます。長年にわたり、この小さなmtDNAの塩基配列多型は細胞機能に影響を与えることもなく、また自然淘汰を受けることもないと考えられてきました。このことから、遺伝学の研究から気候変動の研究に至るまでの実に多様な研究分野で、科学者たちはmtDNAを個体群や生物種間の関係や進化の過程を調べる最良のツールとして利用してきました。
ところが最近、mtDNAの多型の中でも、状況によってある多型のタイプが選択されるという証拠が報告されています。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者が、豪州モナシュ大学と英国ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンと共同で行った最新の研究で、これまで考えられてきた以上にこのmtDNAが自然選択受けやすいという事実が明らかになりました。ジョナサン・ミラー准教授率いる物理生物学ユニットのライブネル・ズデニェク博士らは、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を使った研究から、生息環境の気温の違いがmtDNA多型の一種の選択におよぼしうることを示し、科学誌 Scientific Reports に発表しました。本研究論文の筆頭著者であるライブネル博士は、「自然界におけるmtDNA多型の存在頻度に対する温度選択圧の影響を示唆する初めての試みと言えます」と、語りました。
ライブネル博士らは、オーストラリア東海岸に生息するショウジョウバエの間で見られる二種のmtDNA多型について研究を行いました。一種はオーストラリア北部地帯の温暖な亜熱帯性地域に一般にみられるショウジョウバエ群で、もう一種はより寒冷な南部地帯に一般的にみられるショウジョウバエ群です。それぞれの地域でショウジョウバエを採集し、これらの2群間で相互交配をすることで、遺伝的に均一な個体群を作りました。そして、この遺伝的に均一なショウジョウバエを4つの実験群に分けました。2つの実験群はそれぞれ19℃と25℃の定温で飼育し、残りの2群は、ショウジョウバエが採集された二か所の1日の気温の変化を再現した環境で飼育しました。3ヶ月経過後、各実験群のmtDNAの塩基配列を決定しました。
加えて、研究チームは、ショウジョウバエの体内に生息する共生細菌ボルバキア(Wolbachia)の存在が、mtDNAの選択におよぼす影響も調べました。結果を区別するために、一部のショウジョウバエには抗生物質を使用し、実験を行う前からボルバキア感染の可能性を完全に取り除きました。
温暖な環境(25℃の恒温状態)で飼育されたショウジョウバエ群では、二つのmtDNA多型のうち、一方の多型をもつ個体がもう一方の多型を持つ個体に比べて多いことがわかりました。このmtDNA多型は温暖なオーストラリア北部地域に生息するショウジョウバエに広く見られるものと同一でした。一方で、今度は寒冷な環境(19℃の恒温状態)で飼育されたショウジョウバエ群では、寒冷なオーストラリア南部に生息するショウジョウバエに広くみられるmtDNA多型タイプを持つ個体が多いことがわかりました。しかしながらこれらの2つの結果は、事前にボルバキア感染を抗生物質によって除去したグループのみに認められました。さらに明らかになったのは、オスのショウジョウバエで観察された多型パターンが、必ずしもメスのショウジョウバエで見られるパターンと一致するわけではないということでした。
これらの結果は、気温がmtDNAの多型パターンに影響を与えることを示しています。さらに、気温のみならず、性別、微生物による感染などの要素もミトコンドリアゲノムの進化に影響し得るということを示唆しています。ライブネル博士は、「今後、ミトコンドリアゲノムのどの部分が気温に敏感に反応するかを特定し、さらにそのメカニズムを理解する研究が必要です」と、述べるとともに、今後、研究者たちがmtDNAを遺伝的ツールとして使用する際には、温度環境に反応して変化することを考慮する必要があると付け加えました。
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Journal
Scientific Reports