国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)の長津雄一郎准教授、同大学院工学府応用化学専攻(発明当時)の安部希綱さん、紺本香織さん、大森渓一郎さんは、これまで石油回収には望ましいとされていなかった沈殿反応を伴う流動を用いて、回収効率の高い新たな重質油回収法を発明しました。
重質油(※1)回収効率の低下の原因が、軽質油(※1)の場合とは異なるという近年の知見に着目し、軽質油回収の場合では望ましくない「化学反応で生じた沈殿物が、石油で満ちた岩石の孔隙を塞いでしまう現象」を積極的に利用する逆転の発想により、今回の発明に至りました。酸成分を含む重質油に2価金属イオンを含むアルカリ水溶液を圧入することにより、油水界面で反応生成物が沈殿し、それが粘弾性物質として程よく油層の孔隙を塞ぎ、そのことにより油層内の流動が大きく変化することで、重質油回収率が飛躍的に向上することを明らかにしました。今後、本技術の実用化を目指した応用研究を進めていきます。本研究成果は、米国化学会が発行するEnergy & Fuels
(電子版8月24日付)に掲載されました。
掲載場所: https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.energyfuels.0c01298
論文名:Chemical Flooding for Enhanced Heavy Oil Recovery via Chemical-Reaction-Producing Viscoelastic Material
著者: Yuichiro Nagatsu, Kizuna Abe, Kaori Konmoto, and Keiichiro Omori
現状
重質油はその粘度が油層(※2)での温度・圧力条件下で、通常の水の100~10000倍です。粘度の高い重質油は回収が難しく、これまで世界の石油生産は比較的回収が容易な軽質油が中心でした。その結果、軽質油資源の減少に伴い、今では、回収可能な重質油の総推定量は、軽質油の埋蔵量とほぼ同等となっています。今後の更なる軽質油資源の減少と増大するエネルギー需要に伴い、重質油にも注目が集まっており、その回収技術の向上が重要になっています。水攻法(※3)は一般的で安価な重質油の二次回収技術(※3)です。しかし、重質油は粘度が高く流動性に乏しいため、その回収効率は低い(20%程度)と言われています。そこで、さらなる回収(増進回収、※3)のために、熱を加えて重質油の粘度を下げ、流動性を向上させることがまず考えられています。しかし、油層が深い、または、薄い場合には熱損失が大きく、増進回収が難しいとされています。そのような重質油層には、化学薬品を圧入する増進回収(ケミカル攻法と呼ばれる)が行われており、その技術の向上が望まれています。
研究成果
水攻法における重質油回収率低下の要因が、軽質油の場合と異なり、油層の孔隙スケール(重質油層では0.1mm程度)での掃攻(水が入り込んで油を追い出すこと)効率の低下(図)であることが2010年頃から、指摘されていました(軽質油の場合、毛細管圧力(※4)により油が孔隙内に補足されることが主たる要因の一つです)。本発明では、この考えに着目し、圧入水溶液と重質油の界面反応により粘弾性物質を生成させ、優先的に掃攻される領域を閉塞し、他の孔隙にも圧入水溶液が向かうようにすることで、掃攻効率を向上させることを狙いました(図)。そこで重質油に多く含まれる長鎖カルボン酸に着目し、これと化学反応し、いわゆる金属石鹸を生成する化学反応を利用しようと考えました。金属石鹸は、水にも油にも不溶であり、油水界面に沈殿し、これにより油水界面が粘弾性を有すると考えました。そのために2価以上の金属を含むアルカリ水溶液を圧入流体とすることにしました。本発明では、2価以上の金属を含むアルカリ水溶液としてアルカリ土類金属イオンを含むアルカリ水溶液を選び、本論文では、アルカリ土類金属イオンを含むアルカリ水溶液として、水酸化カルシウム(Ca(OH)₂)水溶液を使用しました。また、長鎖カルボン酸を含む重質油モデルとして、脂肪酸を含むパラフィンオイルを使用しました。このとき、油水界面での化学反応により金属石鹸が油水界面に沈殿することを確認し、それが粘弾性物質として機能することを界面粘弾性測定により明らかにしました。さらに、孔隙内の粘弾性物質は、優先的に掃攻される領域を閉塞し、掃攻効率を向上させることを、マイクモデルセルを用いた流動実験により示しました。
本発明では、その効果を最大化するために、化学物質が水攻法の後に圧入される従来の方法とは対照的に、水攻法の前にCa(OH)₂溶液を注入する方法を提案し、さらに、Ca(OH)₂の連続圧入法を提案しました。簡易的ガラスビーズパックを用いた重質油モデル回収実験において、Ca(OH)₂の連続圧入法では、累積油回収率が約55 IOIP%(※5)に達し、水攻法(33 IOIP%)や従来のアルカリ攻法(※6)(35 IOIP%)よりも飛躍的に大きくなりました。さらに、提案された新しいケミカル攻法が水攻法後にも適用できることを示しました。また、本方法は、広い酸濃度の範囲で有効であること、油水界面の粘弾性が80°Cまで維持されることがわかりました。本方法は、軽質油回収ではケミカル攻法の望ましくない要因である二価の金属イオンによって形成される沈殿物を積極的に利用する逆転の発想に基づいています。この方法は、一般的にアルカリよりも高価である界面活性剤やポリマーを使用していません。以上のことから、本発明方法は、低コストで、高二価金属イオン耐性、高温耐性、および省エネな新たな重質油増進回収のケミカル攻法といえます。
研究体制
本研究は、東京農工大学大学院長津雄一郎准教授、長津研究室卒業生、安部希綱さん、紺本香織さん、大森渓一郎さんによって実施されました。本研究はJSTさきがけ「エネルギー高効率利用と相界面」領域(No. 25103004研究課題名:「飛躍的な石油増進回収のための油水反応レオロジー界面の創成」)の支援を受けて行われたものです。
今後の展開
本技術は論文発表に先立ち、国内特許出願、PCT国際特許出願(Nagatsu, Abe, Konmoto, PETROLEUM PORODUCTION METHOD国際出願番号PCT/JP2020/005396)をしています。今後、本技術が有効な原油の粘度範囲・油層の浸透率の範囲の調査、また実際の原油を用い、実際の温度・圧力条件下でのラボでの油回収実験、そしてフィールドでの試験、等の本技術の実用化に向けた研究・開発を会社と共同で行いたいと考えています。
語句解説
※1 重質油と軽質油:一般的に石油開発分野では、密度が934~1000 kg/m³ の原油を重質油と呼び、934 kg/m³より小さいものを軽質油と呼んでいる。原油は密度が大きいほど粘性も大きく、重質油の粘度は油層での温度・圧力条件下で、100~10000 mPa·s、軽質油の粘度は100 mPa·s以下である。
※2 油層:液状の炭化水素(石油)を主に産する地下の貯留岩部分を油層という。貯留岩とは、多孔質で浸透性のある岩石で、その孔隙が流体あるいは気体によって満たされているものをいう。
※3 石油の回収方法:油層から原油を回収する方法は一次、二次、三次という、それぞれ物理的意味合いの異なる回収法が適用される段階の時系列的表現が使われいる。一次回収法とは、自然の排油エネルギーを利用して原油を生産する方法であり、自噴採油がその一例である。二次回収法は、油層に人工的に排油エネルギーを付与して回収する方法で、最も一般的なのは、一次回収法による油生産の減退後、水を圧入して、産油量の増加を図る水攻法である。三次回収法は、一般的には、二次回収法後に適用されるものであり、熱や化学薬品などを油層に投入することにより、地層内の原油や圧入流体の物理化学性質を変化させ、増油を図るもので、増進回収法とも呼ばれる。
※4 毛細管圧力:互いに溶け合わない二つの流体が固体の表面で接触すると、両者の固体表面を濡らそうとする性質(濡れ性)の差から、両者の間に圧力差が生じ、これを毛細管圧力と呼ぶ。
※5 IOIP%:IOIPはInitial oil in placeの略で、本研究では初期にガラスビーズパック内に存在していた重質油モデルの体積に対する回収された重質油モデルの体積の割合を%で表したもの。
※6 従来のアルカリ攻法:水攻法の後に水酸化ナトリウム水溶液や炭酸ナトリウム水溶液を油層に圧入する方法である。アルカリ水溶液と原油の酸成分と反応により、界面活性剤を生成させ、油水の界面張力を減じ、毛細管圧力を減ずることで、増油を図る方法である。
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門
(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)
准教授 長津 雄一郎
TEL/FAX:042-388-7656/042-388-7693
E-mail:nagatsu(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
プレスリリース:https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2020/20201027_01.html
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Energy & Fuels