News Release

毎秒1千億回に達する分子の回転運動について高解像度の動画撮影に成功

A quantum wave-like nature was successfully observed in rotating nitrogen molecules

Peer-Reviewed Publication

National Institutes of Natural Sciences

'Snapshots' of Ultrafast Rotating Nitrogen Molecules

image: Image 1: "Snapshots" of ultrafast rotating nitrogen molecules at a hundred billion per second (femtosecond = a quadrillionth part of one second). view more 

Credit: IMS/NINS

このニュースリリースには、英語で提供されています。

自然科学研究機構分子科学研究所の水瀬賢太助教および東京工業大学大学院理工学研究科の大島康裕教授らの研究グループは、分子運動に関する高度な光制御技術と、独自に開発した高分解能イメージング装置を駆使することにより、分子が千億分の1秒スケールで一方向に回転する様子を連続画像として撮影することに成功しました。撮影された分子回転に関する高解像度の動画には、分子運動を支配する量子力学的な波の動きがはっきりと捉えられており、分子運動の本質を視覚的に理解することが可能になったといえます。微視的な世界の分子の運動を明瞭に可視化することは、分子の性質を深く理解し利用するための基本であり、この基盤技術の活用が自在な分子制御へとつながると期待されます。

本成果は、アメリカ科学振興協会(AAAS)が本年新しく発刊したオープンアクセス速報誌『Science Advances』に、7月3日付(アメリカ東部標準時)で掲載される予定です。

コマや風車が回転する様子はおなじみですが、ナノメートル[注1]以下という極微の存在である分子も、同様に回転運動をしています。ただし、その回転のスピードは1秒間に100億回以上というまさに桁違いの速さです。また、コマや風車(さらには地球や銀河までも)は古典力学[注2]に則って運動しますが、分子のようなミクロな存在を支配するのは量子力学[注3]であり、「物体の運動は波としての性質も示す」という直感的には理解しがたい基本法則が存在します。分子の回転も「波」として振る舞うはずですので、コマや風車の回転とは全く異なった様相を示すはずです。

一方、分子の性質(電場・磁場・光への応答など)を詳細に明らかにしようとする際には、分子の回転運動を理解し制御することは不可欠です。なぜなら、分子は3次元的なかたちを持つので、空間中でどちらを向いているかによって分子の性質は大きく影響されますが、分子の方向が変化する運動が回転に他ならないからです。近年では、急速に発展している極短パルスレーザー技術を利用して、分子の量子力学的回転運動を制御する研究が活発に行われており、100フェムト秒[注4]刻みで分子の向きが変化する様子を観測することすら実現されています。ただし、これまでの研究では、分子の回転方向を完全に特定することはできておらず、いわば右回りと左回りの回転をまとめて観測していたような状況でした。古典的な右回り・左回り回転に相当する量子力学的な回転運動とはどのようなものなのか?、それを実験的に検証することは残された課題でした。

回転する分子の姿を明確に観測するためには、以下の2つの問題点を解決する必要があります。まず第1に、微小な分子1個1個の超高速な運動を追跡することは極めて困難ですので、多数の分子をまとめて観測することが現実的かつ有効です。そのため、回転方向やスピード、回転のタイミングまでがそろった分子の集団を作り出す必要があります。第2に、ナノメートル以下の分子が、100フェムト秒程度の時間スケールで刻々とその方向を変える様子を計測する必要があります。さらに、分子の量子力学的回転運動を観測するためには、分子同士の相互作用が無視できる希薄な気体状態である必要があり、時間・空間分解能とともに高い検出感度が要求されます。

第1の課題については、分子研・東工大の研究チームは既に、100フェムト秒程度の時間幅を持つレーザーパルスを適切な時間間隔で2発続けて照射すると、右もしくは左回りに分子がそろって回転する状態を作り出せることを世界に先駆けて明らかにしています[注5]。本研究では、最も単純な構造を持ち身近な存在でもある窒素分子を対象として、この手法を適用しました。第2の課題については、クーロン爆発イメージング法と呼ばれる手法を利用しました。ここでは、より強力な第3の極短レーザーパルスによって回転する窒素分子から複数の電子をはぎとり、レーザーパルスの時間幅以内で2つの窒素原子イオンに分解させます。イオンが飛び出した方向は壊れる直前の分子の向きと一致していますので、2次元イオン検出器によって測定することにより、分子の向きの分布(配向分布)を実験的に求めることができます。方向がそろった回転を誘起する第2のパルスと分子を「爆発」させる第3のパルスとの時間差を変化させて測定を繰り返すことによって一連の画像を撮影し、最終的に一方向に回転する窒素の動画としてまとめました。2次元イオン検出器を用いるクーロン爆発イメージングは確立した計測法ですが、これまでの撮影アングルでは、回転方向が右向きか左向きかを区別できませんでした。本研究では、電極を追加することによってイオンの飛行方向を90度折り曲げることによって、一方向にそろって回転する分子に最適なアングルで撮影することを可能としました。

分子研・東工大の研究チームは、以上のような先端的光制御技術と独自開発のイメージング装置を組み合わせることによって、窒素分子が左回りにそろって回転する様子を、33フェムト秒/フレームの時間分解能の動画として撮影することに成功しました。その動画の一部の数コマを、図1および図2に示します。ここでは、画像1フレームは20万イオンの測定データに相当しており、角度分解能にして1度以下で分子の配向分布を決定できるだけの解像度が達成されています。撮影された動画では、プロペラの形状をした分子配向分布が十文字型へと形状が変化していく様子(図2)が明瞭に観測されています。この現象は、分子の回転運動が複数の波の成分から形成されており、それぞれの波の回転速度が異なることから形状が時間とともに変化するとして説明でき、一方向に回転する分子運動の量子力学的振る舞いを実験的に明確に捉えた初めての成果です。

本研究では、分子回転に関する高解像度の動画撮影によって、分子運動を支配する量子力学的な波の動きをはっきりと捉えることができました。つまり、分子運動の本質を視覚的に理解することが可能となったと言えます。今後は、波として振る舞うという一見不可解な量子力学的運動が、私たちになじみ深い古典的な運動とどのように関連付けられるのかを、実験的に突き止める取り組みへと発展・深化するでしょう。また、分子運動を明瞭に可視化することは、分子の性質を利用するための基本でもあります。例えば、一方向にそろって回転する分子の集団は、極短パルス光を精密に制御するための「光学部品」や、2つの独立な極短パルス光の時間差を正確に計測する「ストップウォッチ」として利用することが提案されています。このような応用には、分子の回転状態を予め精密に特定しておくことが不可欠であり、今回の高解像度回転イメージングは必須の技術となるでしょう。

###

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号20050032, 22018031, 22245004, 26104539, 26620020, 26810011, 15H03766)、自然科学研究機構新分野創成センター「イメージングサイエンス」(課題番号IS261006)、理研・分子研連携融合事業「エクストリームフォトニクス研究」、および最先端の光の創成を目指したネットワーク研究プログラム「融合光新創生ネットワーク」の助成を受けて実施されました。

Notes:

[注1] ナノメートル:ナノは、十億分の1を意味する接頭辞であり、1ナノメートルは十億分の1メートル、つまり、百万分の1ミリメートルに対応する。
[注2] 古典力学:ニュートンの運動方程式に代表される、巨視的サイズ(マイクロメートルもしくはそれ以上)の物体の運動を記述する力学体系。
[注3] 量子力学:原子や分子、およびそれらを構成する電子や原子核などの微視的対象の運動を記述する力学体系。パソコンや携帯電話を初めとする電子機器など、微細な領域に関するテクノロジーのほとんどは量子力学を基礎として成り立っており、その恩恵抜きに現代の日常生活をおくることは不可能である。
[注4] フェムト秒:1フェムトは、千兆分の1を意味する接頭辞であり、100フェムト秒は十兆分の1秒に対応する。
[注5] https://www.ims.ac.jp/news/2009/12/09_2336.html; パリティ 12月号, 34 (2010)。

Article:  

掲載誌:Science Advances [アメリカ科学振興協会(AAAS)が発行するオープンアクセス速報誌]  
論文題目:Quantum unidirectional rotation directly imaged with molecules
(量子力学的な単一方向回転運動の分子を用いた直接可視化)  
著者:Kenta Mizuse, Kenta Kitano, Hirokazu Hasegawa, and Yasuhiro Ohshima  
掲載予定日:2015年7月4日午前10時(日本標準時) DOI: 10.11126/sciadv.1400185

Research Team:

水瀬賢太助教(自然科学研究機構分子科学研究所、現東京工業大学大学院理工学研究科)
北野健太助教(青山学院大学理工学部)
長谷川宗良准教授(東京大学大学院総合文化研究科)
大島康裕教授(東京工業大学大学院理工学研究科・自然科学研究機構分子科学研究所)

Contacts:   

大島 康裕(おおしま やすひろ)  
 東京工業大学大学院理工学研究科・教授   
TEL:03-5734-2899
FAX:03-5734-2264
E-mail:ohshima@chem.titech.ac.jp
http://www.chemistry.titech.ac.jp/~ohshima/

Media contacts:

自然科学研究機構・分子科学研究所・広報室
TEL/FAX:0564-55-7262
E-mail: kouhou@ims.ac.jp

  東京工業大学・広報センター
TEL:03-5734-2975
FAX:03-5734-3661
Email : media@jim.titech.ac.jp


Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.