国立大学法人東京農工大学大学院博士前期課程学生の須藤菜々子(当時)、鴨下潮音、同大学大学院工学研究院生命機能科学部門の櫻井香里准教授、および国立大学法人東京医科歯科大学統合研究機構研究基盤クラスターリサーチコアセンターの細谷祥一博士は、糖鎖分子(注 1)とともにタンパク質と反応しやすい求電子基(注 2)を多数かつ高密度に修飾した金ナノ粒子(注 3)を用いると、細胞抽出液中でも結合タンパク質との高効率・高選択的な架橋反応が起こり、結合タンパク質が同定できることを実証しました。本成果は、生理活性化合物を用いた標的タンパク質の迅速な探索同定を可能とし、化合物の作用メカニズムの解明に貢献します。
本研究成果はAngewandte Chemie International Edition誌の掲載に先立ち、6月1日にWEBで公開されました。
論文名:Exploration of the reactivity of multivalent electrophiles for affinity labeling: sulfonyl fluoride as a highly efficient and selective label
URL:https://doi.org/10.1002/anie.202104347
現状
哺乳類の細胞の表面は、細胞膜に発現しているタンパク質や脂質に修飾された様々な糖鎖でおおわれています。糖鎖はタンパク質と結合してシグナル伝達を仲介し、細胞増殖や分化、免疫応答、神経機能発現などの重要な生理機能を担っています。また糖鎖の異常な発現はがん細胞の増殖や転移に関与するため、がんマーカーとしての広い応用が期待されます。このような糖鎖に結合するタンパク質を解明することは、新しい抗がん剤の開発や、糖鎖のがんとの関わりを分子レベルで理解するために重要です。しかし糖鎖の結合タンパク質を迅速に微量で解析する方法が確立していないため、その多くが未解明です。この理由として、糖鎖結合タンパク質の多くは、糖鎖分子に対する親和性 (注 4) が低いことが挙げられます。
私たちはこれまでに、フォトアフィニティーラベリング (注 5) とよばれる有機分子とタンパク質を光架橋する反応を用い、目的の糖鎖分子と結合するタンパク質を効率的に探索し、細胞内から簡便に精製する新しい方法を報告しています。基盤技術として、金ナノ粒子表面に糖鎖分子と光反応基とを高密度に固定化したフォトアフィニティープローブを世界で初めて開発しました。金ナノ粒子を用いる利点は次の3点です。①糖鎖分子と光反応基をそれぞれ合成し、任意の比率で金粒子と混合するのみという簡便な工程でプローブを作成できます。②糖鎖分子と光反応基の局所的濃度が高くなるため、タンパク質への親和性が飛躍的に増大し、また反応性も向上します。③金ナノ粒子の比重を利用することで、遠心分離によって簡単に標的タンパク質の精製が可能となります。従来の方法では、プローブの合成や架橋したタンパク質の精製は技術的に難しい複雑な工程を要し、容易ではありませんでした。私たちの新しい探索技術は、これらの問題と、低親和性の糖鎖結合タンパク質の探索の課題に対して、一体的な解決策を示しました。一方で、光反応基は非常に反応性が高く制御が難しいため、高い架橋効率を得るためには分子ごとに、プローブ設計の最適化が必要という課題が残りました。
研究体制
本研究は、東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の櫻井香里准教授と同大学大学院工学府生命工学専攻博士前期課程学生の須藤菜々子(当時)、鴨下潮音、および東京医科歯科大学統合研究機構研究基盤クラスターリサーチコアセンター・研究支援者の細谷祥一博士によって実施されました。本研究はJSPS科研費基盤研究C(18K05331)および基盤研究S(17H06110), 研究拠点形成事業「協調型アジアケミカルバイオロジー拠点」およびグローバルイノベーション研究院の助成を受けたものです。
研究成果
私たちは上記の問題を解決すべく、光反応基に代わる有望なタンパク質反応性基として、求電子基に着目しました。求電子基は、リジン、システインなどの求核性をもつアミノ酸側鎖官能基と一般的に反応し、共有結合を形成します。求電子基は光反応基とは対照的に、反応条件の設計によって温和な反応性を持続させることが可能です。このため高濃度で長時間タンパク質と反応させることで高い反応収率が達成できます。しかし求電子基は特定のアミノ酸に対する反応選択性を示すことから、構造が未知の結合タンパク質との架橋反応への適用性は、ほとんど検証されていませんでした。私たちは、糖鎖分子と求電子基を混合して高密度に固定化した金ナノ粒子プローブを用いることで、結合タンパク質の選択的・効率的な架橋が可能だと考えました。プローブ上の糖鎖分子は結合タンパク質への高い親和性を示すことから、nMという低濃度のプローブでも結合タンパク質を強く結合させることができます。また、1つの金ナノ粒子上には多数(13 nmの粒径のナノ粒子では>500分子)の求電子基が提示されているため、一定の高い確率で結合タンパク質のアミノ酸残基と架橋反応を起こすことを期待しました。このように、適切な求電子基を糖鎖分子の周辺にランダムにかつ高密度に配置するだけで高効率な架橋反応が実現できれば、分子ごとにプローブ設計を最適化する必要がなくなります。
モデル糖鎖分子であるラクトースと4種類の異なる求電子基および光反応基であるアリールアジドを金ナノ粒子上に固定化したプローブ(1-5)を作成し、それぞれおいて、3種類のラクトース結合タンパク質(PNA, ECA, RCA)に対する反応性を評価しました。その結果、スルホニルフロリドプローブ4がいずれのタンパク質に対しても最も効率的かつ選択的に架橋することが明らかとなりました。またスルホニルフロリドは、反応時間を16時間と長く設定することで、定量的に結合タンパク質の架橋が可能であり、混合試料中でも60%以上の高収率な架橋が達成できました。スルホニルフロリドプローブ4によって架橋されるアミノ酸残基を質量分析により解析したところ、結合タンパク質のラクトース結合部位周辺に存在する複数種類のアミノ酸残基と共有結合を形成したことが示されました。検出されたアミノ酸を結合タンパク質の代わりに高濃度でプローブ4と混合しても、反応の進行は認められませんでした。これらの結果により、スルホニルフロリドが、結合タンパク質を架橋するためのタンパク質反応性基として優れた反応特性をもつことが明らかになりました。
今後の展開
本研究によって見出された、スルホニルフロリドをタンパク質反応性基とした金ナノ粒子プローブは、光反応基によるフォトアフィニティーラベリングが有効でない場合でも、結合タンパク質の探索に利用できる可能性が示唆されました。今後、様々な糖鎖分子において、結合タンパク質の網羅的な探索研究への応用が期待できます。がんなどの疾患に関わる一連の糖鎖結合タンパク質を迅速に同定することで、糖鎖分子の疾患における役割や関与する分子機構の全体像が明らかとなり、新たな創薬研究につながると期待されます。
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用語解説
注1)金ナノ粒子
金原子からなり、粒子径が1~100ナノメートル程度のサイズの球状の粒子。
注2)糖鎖分子
核酸とタンパク質に並んで3大生命鎖を形成する生体分子であり、グルコースなどのような単糖が複数連結した分子。
注3)求電子基
異なる化学種間で共有結合を形成する際に、電子を授受する官能基。
注4)親和性
分子と分子が分子間力により結合する力。アフィニティー。
注5)フォトアフィニティーラベリング
分子とタンパク質が結合させて光を照射すると、分子に修飾された光反応基が活性化されて強く結合しているタンパク質のみを架橋します。
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 准教授
櫻井 香里(さくらい かおり)
TEL/FAX:042-388-7374
E-mail:sakuraik(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
Journal
Angewandte Chemie International Edition