- 中南米を中心に年間1万人以上の死者が出ているシャーガス病は、寄生原虫トリパノソーマ・クルージ(T. cruzi)感染によるもの。原因は、病原体の排除や獲得免疫を担うTh17細胞が過剰に活性化して引き起こす組織破壊
- T. cruzi感染時に、自然免疫細胞であるマクロファージや樹状細胞に発現する転写因子BATF2が、過剰なTh17細胞の活性化を抑制するメカニズムを発見
- Th17応答制御を解き明かした今回の発見で、現在根治的治療法が確立していないシャーガス病に、新たな応用が期待される
概要
大阪大学の香山尚子助教(大学院医学系研究科 免疫制御学)、竹田潔教授(大学院医学系研究科 免疫制御学/免疫学フロンティア研究センター)らのグループは、トリパノソーマ・クルージ[1] 感染時にマクロファージや樹状細胞に発現が誘導される転写因子[2] BATF2が、炎症性サイトカイン[3] IL-23[4] の産生を抑制するメカニズムを突き止めました。これは、シャーガス病[5] の症状である心臓や肝臓の機能障害を抑えるために、大きな前進と位置づけられる発見です。
本研究では、T. cruzi感染時に自然免疫細胞[6] であるマクロファージや樹状細胞に発現する転写因子BATF2の遺伝子をノックアウトさせたマウスを作製。T. cruziを感染させると、BATF2遺伝子ノックアウトマウス[7] では、獲得免疫[8] 細胞であるTh17細胞[9] が活性化し、肝臓・心臓・腎臓の機能障害が起こることを見いだしました。さらに、T. cruzi感染時にマクロファージや樹状細胞に発現するBATF2が、転写因子c-JUNに結合し、IL-23の産生を抑制することで、Th17細胞の過剰な応答による組織破壊を防ぐことを明らかにしました。
シャーガス病は、現在有効な治療法がなく、T. cruzi感染後の組織障害に関わる分子機構のさらなる解明による新規治療開発が急務とされています。今後、BATF2を標的としたTh17応答制御法の開発により、シャーガス病の新たな治療につながることが期待されます。
本研究成果は、2017年3月30日(木)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Journal of Experimental Medicine(JEM)」のオンライン版で公開されました。
研究の背景
シャーガス病は、主に中南米地域でみられる感染症で、細胞内に寄生する原虫トリパノソーマ・クルージ(Trypanosoma cruzi)が原因となり、患者数800万人、年1万2000人の死者が出ていると言われています。「ヒトの移動」の活発化や「気候変動」に伴い、近年は、北アメリカ・ヨーロッパ諸国をはじめとする先進国でも感染が広がっており、日本でも数年前、シャーガス病患者の献血血液由来製剤が出荷されたことが大きな問題となりました。シャーガス病は、長い年月をかけ心臓や消化器が破壊され死に至る病気です。感染初期には自覚症状がない場合が多く、慢性期に移行した際には、現在では有効な治療法がありません。
T. cruzi感染時には、体内ではさまざまな組織で炎症性サイトカイン(IFN-γやIL-17)を誘導し、T. cruziを排除しようとします。マウスの実験では、IFN-γやIL-17を産生しないノックアウトマウスでは、体内でのT. cruziの増殖が促進し、通常のマウスに比べ非常に高い致死率を示します。一方、IFN-γやIL-17が過剰に産生されるマウスでは、T. cruziの増殖は抑えられますが、免疫細胞による自己組織の破壊により、心機能の低下や肝機能の障害を患い、致死率が上がります。この結果から、T. cruzi感染時には、免疫が暴走しないよう、IFN-γやIL-17などのサイトカインを産生する免疫機構の制御が、感染者の生命維持に重要であると考えられます。これまで、IFN-γやIL-17を産生するヘルパーT細胞(それぞれ、Th1細胞、Th17細胞)を誘導するメカニズムに関しては多くの報告がありましたが、T. cruzi感染時にこれらのT細胞の活性を抑制するメカニズムに関しては明らかではありませんでした。
本研究の成果
Th17細胞は、後天的に病原体の感染により形成される獲得免疫細胞で、獲得免疫応答はマクロファージや樹状細胞といった自然免疫細胞で制御されています。竹田教授らの研究グループはこれまでに、T. cruzi感染時にBATF2というタンパク質がマクロファージで誘導されることを見いだしており、今回BATF2がTh17細胞の活性に関与するのかをBATF2遺伝子を働かないようにさせた(ノックアウト)マウスの解析によって調べました。
T. cruziを感染させると、BATF2ノックアウトマウスでは、通常のマウスと比較して、IL-17の産生量が高くなり、肝臓、心臓、血液中のT. cruziの数は減少していましたが、肝臓、心臓、腎臓の機能障害が見られました(図2) 。
また、BATF2ノックアウトマウスのマクロファージや樹状細胞では、Th17細胞の活性を高めるIL-23が多く産生されていました。BATF2のノックアウトでIL-23の産生量が増加し、Th17細胞の活性が高まって、心機能・腎機能・肝機能の低下が起こる――。これを実証したのが、BATF2とIL-23を両方ノックアウトさせたマウスとの比較です。BATF2/IL-23二重ノックアウトマウスでは、BATF2ノックアウトマウスに比べてT. cruziの感染後、Th17細胞のIL-17産生量は低くなり、心臓・肝臓・腎臓の機能障害を起こさないことが分かりました。
さらに、BATF2がマクロファージのIL-23産生を抑制するメカニズムをクロマチン免疫沈降法[10] により解析し、BATF2が転写因子c-JUNと直接結合することでc-JUN/ATF-2複合体形成を阻害し、IL-23の遺伝子発現の活性化を防ぐことが分かりました。
本研究の結果から、T. cruzi感染時にマクロファージや樹状細胞に発現するBATF2は、IL-23の産生を抑制してTh17応答が原因で起こる心臓・肝臓・腎臓の機能障害を防ぐことが分かりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
近年、気候変動やヒト・モノの移動の活発に伴い「感染症のグローバル化」が問題となっています。本研究では、世界的に広がりを見せる熱帯性感染症;シャーガス病の原因となるT. cruzi感染時に、宿主の自然免疫細胞に発現するBATF2がIL-23の産生を抑制し、多臓器不全の原因となる過剰なTh17応答を防ぐことを明らかにしました。T. cruzi感染だけではなく、マラリア原虫、デングウイルス、ジカウイルス感染時のBATF2依存的な生体防御機構の解明は、世界的に患者数の増加が問題となっている熱帯性感染症に対して、新規治療法の開発につながるものと期待されます。
特記事項
本研究は、2015 年度日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究A(竹田潔)および2014 年度日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究B(香山尚子)の一環で行われました。
用語解説
※1 トリパノソーマ・クルージ(Trypanosoma cruzi)
主に中南米に生息し、脊椎動物や吸血動物の細胞内に寄生して増殖する原虫の一種。トリパノソーマ・クルージ感染は、心疾患・消化器疾患を伴うシャーガス病の原因となる。
※2 転写因子
DNAに結合し、DNA情報をもとにRNAを合成する反応(転写)を促進または抑制する機能を持つたんぱく質。
※3 炎症性サイトカイン
自然免疫細胞や獲得免疫細胞が分泌するタンパク質の一種で、細胞同士が連絡を伝える際に使用される生理活性物質。炎症反応を促進し病原体の排除に機能する一方、過剰な産生は組織破壊を誘導し、自己免疫疾患や慢性炎症性疾患の原因ともなる。
※4 IL-23
炎症性サイトカインの一種で、IL-23p19(IL-23a)とIL-12p40の複合体により形成される。炎症性サイトカインIL-17 の産生を増強する。
※5 シャーガス病
寄生性の原虫トリパノソーマ・クルージによる感染症。サシガメ(昆虫)を媒介した感染、母子感染、輸血による感染などが報告されている。感染後、原虫は主に心臓や消化器系の筋肉内に潜んでおり、数年後に心筋や神経系で組織破壊が進行し、死に至ることもある。ラテンアメリカでの(マラリアを含む)感染症による死亡者数は、シャーガス病が最も多い。現在、予防するワクチンはない。
※6 自然免疫
マクロファージ、樹状細胞、好中球などの細胞が活躍する原始的な免疫で、病原体やがん細胞などの異物を取り込み、細胞内で消化することにより排除する。自然免疫細胞が病原体を認識し活性化することで獲得免疫系が始動する。
※7 ノックアウトマウス
目的の遺伝子を人為的に欠損させたマウス。
※8 獲得免疫
後天的に病原体の感染により形成される免疫であり、リンパ球であるT細胞とB細胞により担われる。リンパ球は一度感染した病原体を記憶しているため、再度病原体が感染した際には速やかに免疫応答が開始される。
※9 Th17細胞
サイトカインIL-17を産生するT細胞。病原体の増殖を抑える機能を持つ。過剰なTh17細胞の活性化は、組織の破壊を起こすことにより、リュウマチなどの自己免疫疾患や炎症性腸疾患といった慢性炎症性疾患の原因となる細胞である。
※10 クロマチン免疫沈降法
目的のタンパク質に対する抗体を用いてDNAとタンパク質の結合を解析する方法。プロモーター(遺伝子の上流域に存在し、RNA合成が開始する部分)上への転写因子・基本転写因子群の結合を調べる際に用いられる。
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