【研究背景】
経頭蓋直流電流刺激とは,1~2ミリアンペア程度のほとんど本人が気付かないくらい弱い直流電流を10~20分程度通すことにより脳神経の活動を変化させる方法で,近年世界中で,脳卒中後のリハビリや,うつ病などの治療への応用が期待され,研究されてきました。
この方法を,身体のイメージ操作能力の活性化のために応用できれば,リハビリなどで運動学習を促進することが可能になり,人々の活力溢れる生活の実現につながる応用が期待されます。
一方で,脳のどの部分を活性化すれば,身体のイメージ操作能力を向上させられるか,十分な結論が得られていませんでした。そこで,本研究では,最初に脳画像研究的手法により,手のイメージを回転するためにどの脳部位が重要な役割を果たしているかを明らかにしました(実験1)。そして,その結果から,判明した部位に対して経頭蓋直流電流刺激を行い,身体のイメージ操作能力の向上が起こり得るのかを調べることとしました(実験2)。
【研究概要】
(実験1:脳部位を特定する研究) さまざまな認知機能の低下を来している認知症患者を中心とする100名の高齢者を対象として,陽電子放射断層撮影によって測定した脳の糖代謝量と,手のイメージ写真を回転させるとどう見えるかを想像する能力との関係について調べました(図1)。その結果,外側後頭側頭皮質の糖代謝が低下(=機能が低下)すると,身体のイメージ操作能力が低下することが分かりました(図2)。つまり,この外側後頭側頭皮質が,身体のイメージ操作能力と重要な関わりがあることが分かりました。
(実験2:脳を活性化する研究) 実験1から,外側後頭側頭皮質を経頭蓋直流電流刺激で刺激する(図3)ことによって,身体のイメージ操作能力を向上できるという仮説を立てました。健常成人40名を対象に,外側後頭側頭皮質の刺激実験を行いました。この実験では,身体イメージ操作テストと単純な選択テスト,作動記憶テスト(記憶の一種)の全部で3つのテストを行いました。各テスト中に実験参加者の外側後頭側頭皮質へ実際に刺激を与えた場合(本当の刺激)と外側後頭側頭皮質へ刺激を与えるふりをした場合(偽の刺激)のそれぞれで正答率を比較しました。その結果,身体のイメージ操作テストにおいて,本当の刺激を行った群は,偽の刺激を行った群と比較して,正答率,つまり身体のイメージ操作能力が6.7%向上することが分かりました(図4)。同時に実施した,単純な選択テストや作動記憶テストでは良い影響も悪い影響も確認されませんでした。
【成果について】
これまでも,経頭蓋直流電流刺激を脳の運動野に施行することで,脳卒中後のリハビリを促進するなどの応用が期待されてきました。今回の研究は,身体の視空間情報処理に関係する外側後頭側頭皮質を刺激することにより,運動学習において重要な能力である身体のイメージ操作能力を高められることを世界で初めて示した論文です。今回の電流刺激効果は健常成人で確認された成果であり,効果の大きさは6.7%の正当数向上で小さな効果にすぎません。しかし,本研究を応用することで,身体のイメージ操作能力の向上が認知機能の改善に作用し,リハビリの必要な人の早期回復など,人々の活力溢れる生活の実現へとつながることが期待されます。
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【用語解説】
※1 身体のイメージ操作能力
身体の動きを脳内で想像する能力。運動学習において重要である。
※2 陽電子放射断層撮影
放射性の陽電子を入れたブドウ糖に近い成分を体内に注射し,その成分が多く集まる部分を測定するもの。主にがんの検査に使用される。
Journal
Frontiers in Human Neuroscience