image: a) Generally accepted mechanism. b) Mechanism supported by this work.
Credit: S. Kimura, K. Adachi, Y. Ishii, T. Komiyama, T. Saito, N. Nakayama, M. Yokoya, H. Takaya, S. Yagai, S. Kawai, T. Uchihashi and M. Yamanaka
■研究の背景: 私たちの身近には「ゲル」と呼ばれる柔らかい素材がたくさん使われています。 例えば紙おむつ、 化粧品、ソフトコンタクトレンズなどで、私たちの生活に欠かせない材料となっています。 一般に、 ゲルは高分子と呼ばれる巨大な分子から作られます。一方で、 「超分子ゲル」はもっと小さな「低分子」と呼ばれる分子が、 「非共有結合」という力でつながって作られるゲルです。非共有結合とは、水素結合や分子間力などの比較的ゆるやかな力によるつながりのことで、簡単に形成されたり切断されたりするという特徴があります。たとえば、遺伝情報を保持する DNA は、2 本の鎖が水素結合によってつながって「二重らせん構造」を作っています。この構造は、ジッパーのように必要なときには開いて、 遺伝情報を読み取れるようになっています。 このように、生体内では、 非共有結合が簡単につながったり離れたりできる性質を巧みに利用して、多くの分子が集まったり離れたりしながら、さまざまな生命活動が行われています。 超分子ゲルは、 低分子が非共有結合によって集合してできているため、 熱や化学物質、 酵素などのさまざまな刺激に反応しやすいという性質があります。この性質を活かして、たとえば薬を適切な患部へ届ける薬物送達システムや、傷んだ組織の代わりとなる人工組織材料、さらには有害物質を吸着する環境材料など、次世代の機能性材料としての期待が寄せられています。
これまでの研究では、超分子ゲルは以下のような段階で作られると考えられてきました(図 2a) 。
- 低分子ゲル化剤が非共有結合でつながり、細い繊維(フィブリル)ができる
- そのフィブリルが束になって、より太い繊維(ファイバー)になる
- そのファイバーが網のような構造を作り、液体を内部に取り込むことでゲルになる
しかし、フィブリルやファイバーのサイズは、数ナノ〜マイクロメートル(メゾスケール領域)であり、このように細かい構造がどうやってできていくのかをリアルタイムで観察することはとても難しく、 これらがどのように形成され、どのように成長していくのか、詳しいメカニズムはわかっていませんでした。超分子ゲルの性質はファイバーの性質に強く依存するため、もしメカニズムを明らかにすることができれば、超分子ゲルの物性や機能を制御することが可能になり、機能性材料の開発を強力に推進できるようになります。
■研究成果: 今回、 研究チームは、 高速原子間力顕微鏡という特殊な顕微鏡を使い、 超分子ゲルを構成するファイバーが成長していく過程を「動画」として観察することに成功しました。観察の結果、これまで考えられていたような細い繊維(フィブリル)は見られず、最初から太い超分子ファイバーが成長していく様子が見えました。さらに、ファイバーの成長は一気に進むのではなく、 「伸びる→止まる→また伸びる」という動きを繰り返していることがわかりました(図 2b, 3a) 。
この不思議な動きについて、研究チームは「ブロック-スタッキングモデル」という新しい理論を提案しました (図 3b) 。 この理論では、分子が積み木のように整列して繊維の先端に積み上がっていくことで、図の上向きにファイバーが伸長していくと考えます。そして、ファイバーの先端がデコボコしているときには、新たに結合してくる分子が、 横に隣接している分子と非共有結合を作って安定化でき、 くっつきやすいので、 成長が進みます。一方で、 ファイバーの先端がそろって平らになると、新しい分子が結合しにくくなるため、一時的に成長が止まると考えられます。研究チームは、この仕組みにもとづいたコンピュータシミュレーションを行い、観察で見られた 「伸びる→止まる→また伸びる」 という動きを再現できることを確認しました。
さらに、 研究チームはこのファイバーの形成が最初どのようにして始まるのかについても迫りました。ゲル化が起こる様子を詳細に画像解析することで、最初に少数個の分子からなる“核”ができるステップと、その核に他の分子が結合することでファイバーが成長するステップに分かれていることを明らかにしました。そしてゲル化時間を統計解析することで、その核が何個の分子から形成されているかまで推定することができました。これら一連の結果をまとめたのが図 2b で、今回の研究により超分子ゲルを構成するファイバーが形成し、成長していく過程の全容を解明しました。
■今後の展望: 本研究は、これまで観察が難しく、詳しくわかっていなかった超分子ゲルの形成メカニズムという重要な研究課題にメスを入れたものです。 今回の成果によって、 超分子ゲルの研究が飛躍的に進展し、 将来的には超分子ゲルの性質を自在に制御できるようになると考えられます。薬物送達システム、人工組織の代替材料、環境技術など、次世代の機能性材料の開発が大きく推進されることが期待できます。
Journal
Nature Communications
Method of Research
Observational study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Molecular-level insights into the supramolecular gelation mechanism of urea derivative
Article Publication Date
22-Apr-2025