image: A defect in mitochondrial tRNA modification impairs the proper formation of mitochondrial OXPHOS complexes, which results in iron transmigration from mitochondria to cytosol. Excess cytosolic iron then stimulates heme biosynthesis and the excess heme induces stress in red blood cells, ultimately resulting in anemia.
Credit: Tatsuya Morishima
[背景]
生体を構成するタンパク質は、DNAに刻まれた遺伝情報をもとにリボソームや転移RNA(tRNA)の働きによって合成されます。その大部分は細胞内の細胞質で合成されますが、エネルギー産生を担う細胞内小器官であるミトコンドリアには独自のDNAやリボソーム、tRNAが存在し、ごく一部のタンパク質がミトコンドリアで合成されています。これらのミトコンドリアで合成されるタンパク質はエネルギー産生を担うミトコンドリア呼吸鎖複合体の構成要素であり、その合成異常は細胞におけるエネルギー産生異常につながることが知られていました。
tRNAは修飾と呼ばれる化学的変化を受けることでその機能を正常に発揮することが知られています。tRNAに修飾を加えるタンパク質(tRNA修飾酵素)は多数存在しますが、そのうちの一つであるMTO1はミトコンドリアtRNAをタウリン修飾する酵素であり、ミトコンドリアにおけるタンパク質合成を助ける働きを担っています。MTO1を完全欠失するマウスは胎児期に全例死亡することから、この酵素が生存に必須であると考えられています。また、MTO1遺伝子に異常のある患者では貧血がみられることが報告されています。しかし、ミトコンドリアにおけるタンパク質合成の異常と血液系の異常との関連はこれまで明らかにされてきませんでした。
[研究の内容と成果]
本研究では、血液系においてのみMto1遺伝子を欠失するマウスを作製したところ、これらのマウスは出生前に全例死亡することがわかりました。そこで出生前の胎児を調べたところ著明な貧血を認め、これが死亡の主な原因であると推測されました。
胎児期の血液は主に肝臓で産生されるため、次にこれらのマウスの胎児の肝臓細胞を詳細に調べました。その結果、Mto1欠失マウスの細胞ではミトコンドリアの呼吸鎖複合体が正常に形成されていないことが判明しました。呼吸鎖複合体はその構造上、内部に様々な形で鉄分子が組み込まれていることが知られています。そこで、細胞内の鉄の状態を詳細に調べたところ、Mto1 欠失マウスの細胞ではミトコンドリア内の鉄が減少し、細胞質内の鉄が増加するという鉄の細胞内分布異常が起こっていることが明らかとなりました。さらに細胞質内で増加した鉄は赤血球において酸素運搬を担うタンパク質であるヘモグロビンの構成要素であるヘムの合成を促進し、Mto1欠失マウスの細胞では細胞内のヘムが増加していました。しかし、ヘムの過剰は細胞にとってストレスとなることが知られており、結果として赤血球細胞がストレスにより障害を受け、貧血を引き起こす可能性が示唆されました。この仮説を検証するため、Mto1欠失マウスの細胞を、鉄を除去する薬剤と共に培養したところ赤血球の産生が正常に改善しました。このことは、Mto1の欠失により細胞質内で増加した鉄が貧血の原因となっていることを示しています。
本研究から、ミトコンドリアにおけるタンパク質合成は、単なるエネルギー産生の役割だけでなく、呼吸鎖複合体を正常に構成することで細胞内の鉄分布を正常に維持する働きがあることが明らかとなりました。
[展開]
今後は出生後にMto1遺伝子を欠失させる新たなマウスモデルを作製し、成体の血液産生におけるミトコンドリアタンパク質合成を詳細に解析する予定です。鉄は生体にとって必須の金属である一方、過剰になると毒性を示します。本研究は貧血をはじめとする鉄関連疾患の病態に、ミトコンドリアにおけるタンパク質合成の異常が関与している可能性を示唆しており、これらの疾患の理解を深めるととともに、新たな治療法につながることが期待されます。
Journal
Science Advances
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Animals
Article Title
Mitochondrial translation regulates terminal erythroid differentiation by maintaining iron homeostasis
Article Publication Date
21-Feb-2025
COI Statement
The authors declare no conflicts of interest