News Release

化学物質のゲノム毒性を簡便・定量的に測る新規試験法を開発 ~化学物質リスク評価の新たなアプローチ~

Researchers developed a cell-based reporter assay that can quantify epigenetic changes induced by chemicals and potential carcinogens

Peer-Reviewed Publication

Chiba University

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Chemicals used in different applications induce genetic and epigenetic aberrations implicated in various diseases, including cancer. Researchers from Japan have developed a cell-based reporter assay for quantification of chemical-induced epigenetic alterations that can enhance the safety evaluation of potential carcinogens.

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Credit: Associate Professor Akira Sassa from Chiba University, Japan

■研究の背景

ゲノム DNA の塩基配列を変化させる「突然変異」を引き起こす化学物質は遺伝毒性 物質と呼ばれ、遺伝毒性の有無は経済協力 開発機構(OECD)の試験ガイドラインに基 づく遺伝毒性試験法で評価されています。一方で、DNA の塩基配列変化を引き起こさ ないまでも、DNA メチル化やヒストン修飾といったエピジェネティックな作用を介して遺伝子の機能に変化を生じさせ、細胞活動に影響を与える化学物質が数多く存在します。そのような化学物資の作用を評価する方法は、現時点では OECD ガイドライン には収載されていません。

 細胞のエピジェネティックな変化を定量 する既存の技術は、次世代シーケンサーや蛍光標識抗体を用いたフローサイトメトリー注 6)をはじめとする高価な機器や試薬の使用が必須であり、さらに高度な実験・解析技術を必要とします。化学物質のリスク評価の観点からは、複雑で高価な技術に依存せず、簡便かつ定量的にエピジェネティックな作用を評価できる新たな試験法の開発が求められてきました。

■研究の成果

 本研究では、従来の試験では捉えにくかった化学物質のエピジェネティックな作用を、簡便かつ定量的に測定できる「epi-TK 試験」を開発しました。この試験法は、OECD ガイドラインに収載されている遺伝毒性試験のひとつである、ヒトリンパ芽球細胞株 TK6 を用いたTK 遺伝子突然変異試験(TK6 試験)を基にしてい ます。

 TK6 試験は、ハウスキーピング遺伝子注 7)TK をレポーター遺伝子注 8)として、遺伝子配列に生じる突然変異を検出する方法です。本研究では、ゲノム編集技術を用いて TK 遺伝子のエピジェネティックな制御を可能にした細胞株「mTK6」を樹立しました。この細胞株では、外因性のエピジェネティックな作用が TK の表現型に反映され、コロニー形 成注 9)に影響を与えます (図 1)。

 たとえば DNA メチル化 が阻害されるとTK遺伝子が活性化され、細胞のコロニー形成頻度が上昇します。一方、DNA メチル化 の促進やヒストン修飾の 変化によりTK遺伝子がよ り強固に不活性化される と、コロニー形成頻度は低下します。このようなコロニー形成を指標としたエピジェネティック作用は、 特別な機器や複雑な技術 を必要とせず、化学物質の濃度に応じた変化として正確に数値化できます。この手法を用いることで、5-アザ-2'-デオキシシチジンや GSK-3484862 などの DNA メチル化阻害剤による DNA 脱メチル化の効果を数値化して比較できるようになり(図 2 a、b)、さらに、発がん物質 12-O-テトラデカノイルホルボール-13-アセタート(TPA)注 10)がヒ ストン修飾 H3K27Ac を低下させる作用を持つことを初めて明らかにしました (図 2 c)。

■今後の展望

 この試験法の開発により、従来の遺伝毒性試験に加えてエピジェネティックな変化を指標とすることで、化学物質のリスク評価がより精密に行える可能性が広がります。今後、このアッセイの応用により、発がんリス クの高い化学物質のスクリーニングや安全性評価の精度向上が期待されます。

■用語解説

注 1)エピジェネティック:「エピジェネティクス」とは、DNA の塩基配列を変化させることなく、遺伝子の 発現を制御する仕組みを指し、代表的な修飾に DNA メチル化やヒストン修飾がある。「エピジェネティック」 はその形容詞形であり、これらの修飾や作用に関連するものを指す。

注 2)経済協力開発機構(OECD):Organization for Economic Co-operation and Development の略称 で、世界の経済発展と国際協力を促進するための組織。化学物質の安全性評価に関する試験ガイドラインを策 定し、国際的な基準の整備を行う。

注 3)遺伝毒性試験:化学物質や環境因子がゲノム DNA に損傷を与えるかどうかを評価する試験方法の総称。 代表的な試験には Ames 試験、小核試験、染色体異常試験などがあり、医薬品や化学物質の安全性評価に用 いられる。

注 4)DNA メチル化:DNA のシトシン塩基にメチル基(-CH₃)が付加されるエピジェネティックな修飾の一つ。ヒトでは主に CpG 配列で起こり、遺伝子発現の抑制やゲノム安定性の維持に関与する。

注 5)H3K27Ac:ヒストン H3 タンパク質の 27 番目のリジン(K27)がアセチル化されるヒストン修飾の一つ。エンハンサーやプロモーター領域で見られ、遺伝子の活性化と関連している。

注 6)フローサイトメトリー:細胞や粒子を液体中で一列に流しながら、レーザーを当てて散乱光や蛍光を測定し、個々の細胞の特性を解析する技術のこと。細胞のサイズ、形状、タンパク質発現などを高速かつ定量的に評価できる。

注 7)ハウスキーピング遺伝子:細胞が生存・維持するために常に発現している遺伝子。基本的な細胞機能 (例えば、エネルギー代謝やリボソーム合成など)に関与する。

注 8)レポーター遺伝子:目的遺伝子の発現、またはその発現部位を容易に判別するために、目的遺伝子に組み換える別の遺伝子のこと。

注 9)コロニー形成: 単一の細胞が増殖し、集団(コロニー)を形成する能力を指す。この特性は、細胞の増殖能や生存率を評価するための指標として、放射線や化学物質の影響評価において用いられる。

注 10)12-O-テトラデカノイルホルボール-13-アセタート(TPA):発がんプロモーターとして知られる化合物。プロテインキナーゼ C(PKC)の活性化を介して細胞増殖や炎症応答を誘導する。

■研究プロジェクト

本研究は、以下の支援を受けて実施されました。

• 厚生労働科学研究費補助金 食品の安全確保推進研究事業 21KA1001

• 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) 22H03748

• 消費者庁 食品衛生基準科学研究費 24KA1008

■論文情報

タイトル:Dual-directional epi-genotoxicity assay for assessing chemically induced epigenetic effects utilizing the housekeeping TK gene

著者:Haruto Yamada, Mizuki Odagiri, Keigo Yamakita, Aoi Chiba, Akiko Ukai, Manabu Yasui, Masamitsu Honma, Kei-ichi Sugiyama, Kiyoe Ura, Akira Sassa

雑誌:Scientific Reports

DOI:10.1038/s41598-025-92121-6


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