[背景]
結晶中で分子を必要に応じて配列させ、新しい物性や反応性を引き出す手法( クリスタルエンジニアリング)は、新しい機能性分子を開発するためにときに重要な手法になります。非共有結合的相互作用は、酵素や生体システムにおける分子認識に重要な相互作用として知られており、分子間相互作用の変化や集積構造の変化が機能性へ大きく影響を与えます。一方で、分子性化合物における固体物性において、非共有結合的相互作用に基づいた集積構造やキラリティが与える機能性に関する知見はこれまで極めて限定的でありました。
金属錯体は、金属イオンと有機配位子との組み合わせによって、設計可能な骨格構造と柔軟な電子・スピン状態を持つ分子であり、温度変化などの外部刺激に応答する分子ベースのスイッチング材料を開発する上で有用な分子群の一つと見なすことができます。本研究では、プルシアンブルー類似体の最小ユニットからなる分子ユニットとして、コバルトイオンと鉄イオンからなる二核錯体に着目し、磁気スイッチング挙動への集積化方法による影響を明らかにしました。
[研究の内容および成果]
コバルトイオンと鉄イオンからなる二核錯体ユニット(化合物1、2) を新たに合成し、単結晶X線構造解析を用いて分子の構造を明らかにしました。また、化合物1 あるいは2 にキラルなカルボン酸である(+)- カンファー酸を加えて結晶化させることで化合物3+ および4+ を得ました。化合物1および2はコバルトイオンと鉄イオンからなる二核錯体コアからなり、3+および4+ は1 および2の二核ユニットへ(+)- カンファー酸との水素結合を形成することで組みあがった一次元鎖状集積体からなります。
磁化率の温度依存測定の結果、化合物1および2は測定温度範囲において常に常磁性であり、スピン状態変化(電子状態変化) を示しませんでした(外場応答性OFF) 。一方で、化合物1に、キラルなカルボン酸( (+)-カンファー酸)を加えて合成した化合物3+は、T1 /2 (↑) = 289.3 K近傍において急激な磁気挙動の変化が観測されました。この変化は、反磁性( 低温相) ⇔常磁性(高温相) のスピン状態変化に基づくものであり、3+ においてコバルトイオンと鉄イオン間で電子移動とコバルトイオンのスピンクロスオーバー挙動が起きたことを意味します(外場応答性ON) 。この結果はいわば、役に立たない分子ユニット( 温度変化によって磁気スイッチングを示さない構造ユニット)を役に立つ分子(温度変化によって分子内電子移動を示し、磁気スイッチング特性を示す) に変換させることに成功したといえます。
また、4+の磁気スイッチング温度はT1 /2 (↑) = 355.1 Kであり、3+における有機配位子の化学修飾によって、スイッチング温度を変化させることが可能であり、分子の有機配位子の組み合わせや集積化方法によって、スピン状態を柔軟に制御可能であることが示唆されました。
(−)-カンファー酸を用いて合成した水素結合集積体3− および4− は、3+ 、4+ と同様の構造および磁気スイッチング挙動を示しました。等量の(+)および(−)-カンファー酸を用いて合成した水素結合集積体3rac は3+ や3− と同様の挙動でしたが、4r ac は、局所的な構造的乱れに基づく格子欠陥やドメインサイズ変化によって、不完全な磁気スイッチング挙動を示しました。急峻で完全に磁気スイッチングON/OFF可能な分子集合体を開発するためには、分子の構造と水素結合供与体の分子のキラリティが重要であることを見出しました。
[展開]
本研究成果から、急激で完全な磁気スイッチング挙動を達成するための新しい合成戦略を見出しました。この発見は、分子間相互作用と外場応答性電子移動挙動の相関を明らかにするものであり、水素結合集合法の重要性を強調するものです。クリスタルエンジニアリングの観点から外部刺激応答性分子ユニットに着目すると、水素結合は結晶格子の集積構造様式に影響を与えるだけでなく、分子の電子およびスピン状態変化にも大きく影響を与えることが分かりました。さらにこのことは、生体系と同様に、固体状態での水素結合形成が、電子供与体/受容体部位の酸化還元電位に影響を与え、それによって電子やイオンの移動、あるいは金属錯体中のイオンチャネルを制御する可能性があります。さらに、本研究で提案した戦略は、水素結合と電子移動の相関を示し、機能性分子の開発を系統的に促進することが期待されます。
Journal
Journal of the American Chemical Society
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Assembling Smallest Prussian Blue Analogs Using Chiral Hydrogen Bond-Donating Unit toward Complete Phase Transition
Article Publication Date
22-Jul-2024
COI Statement
The authors declare no conflicts of interest