[背景]
赤血球は体内で最も数の多い細胞です。赤血球が壊れたり、出血によって貧血が起こると、エリスロポエチンと呼ばれるホルモンが増加し、赤血球になる前の未熟な細胞( 赤芽球) が増えて赤血球の数を回復する事が古くから知られていました。しかし、重度の貧血が起こったときに、より幼若な「造血幹細胞」がどう反応するかはわかっていませんでした。造血幹細胞は全ての血液細胞を作り出す能力を持っていますが、造血幹細胞にはエリスロポエチンが結合する受容体がないため、赤血球を優先的に作らせるような指令を出せないと考えられます。そのため未知の機構が存在し、赤血球の回復に役立っていると予想されていました。
[研究の内容]
そこでチームでは、マウスに赤血球が破壊される薬剤( フェニルヒドラジン) を投与したり、血液を一定量抜いたり( 瀉血) して急激な貧血を起こ し、その骨髄を解析する事で造血幹細胞がどう変化するかを調べました。また、その変化がどのように誘導されるかを探索しました。
[成果]
急激な貧血を誘導すると、処置直後から造血幹細胞が増幅を開始することがわかりました。また、貧血マウスの造血幹細胞は、正常マウスに比べて他の血液細胞よりも赤血球をより多く作る事も明らかになりました。造血幹細胞はエリスロポエチンに反応しないため、何が造血幹細胞の変化を促しているかを探るべく遺伝子の探索を行ったところ、貧血になった直後に脂質代謝に関係する遺伝子の働きが強くなる事がわかりました。特に、超低密度リポタンパク質( VLDL)の結合する受容体( VLDL受容体、VLDLR)の働きが強くなっていました。さらに、造血幹細胞には正常なマウスでもVLDLRが多く存在する造血幹細胞( VLDLRhigh造血幹細胞)と、少ない造血幹細胞( VLDLRlow造血幹細胞)の2 種類があり、VLDLRhigh造血幹細胞の方が赤血球を作りやすい事も明らかになりました。貧血になったマウスの骨髄内に存在する脂質や関連するタンパク質の分析を行ったところ、VLDLが減る代わりにVLDLの中に含まれるアポリポタンパク質E( ApoE)が急速に増える事がわかりました。 ApoEがない遺伝子改変マウスに貧血を誘導しても造血幹細胞は赤血球を作りやすくならず、貧血に反応していませんでした。より詳細な遺伝子機能の解析から、ApoEがVLDLRhigh造血幹細胞に作用すると、造血幹細胞の能力を維持し他の細胞に変化しないように維持する役割を持つErgという遺伝子の働きが弱まっていました。人工的に合成したApoEを与えたり、Ergの働きを弱めると健康なマウスの造血幹細胞でも赤血球を作りやすくなりました。これらのことから、急激な貧血が起こるとVLDLからApoEが放出され、造血幹細胞のうちVLDLRhigh造血幹細胞だけに作用して赤血球をより多く作れるように変化させていると考えられます。
[展開]
エリスロポエチンは薬剤として貧血治療にも使われていますが、患者さんの中にはエリスロポエチンの効果が低い人もいます。また、貧血の治療には鉄剤の投与や輸血なども用いられていますが、頻繁な鉄剤投与や輸血は鉄の体内沈着を起こし、別の病気を起こす事も知られています。本研究の成果は、従来知られていた赤血球生産の仕組みとは異なる機序が存在することを示しており、これまでの治療法で十分に効果が得られなかった重度貧血の患者さんに対する新たな治療法開発につながることが期待されます。
Journal
Nature Communications
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Animals
Article Title
Lipoprotein metabolism mediates hematopoietic stem cell responses under acute anemic conditions
Article Publication Date
16-Sep-2024
COI Statement
The authors declare no conflicts of interest