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「 アンチセンス核酸(ASO)による異常αシヌクレイン病理伝播抑制 」 ― パーキンソン病等シヌクレイノパチー治療応用への可能性 ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

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Researchers from Japan investigated how ASOs administered locally into the brains of mice models for Parkinson’s disease can help prevent the formation and spread of harmful aSyn aggregates through different regions. Their findings show ASOs could be a promoting therapeutic strategy to both prevent and control the progression of various neurodegenerative diseases.

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Credit: Department of Neurology and Neurological Science, TMDU

 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 脳神経病態学分野(脳神経内科)の横田隆徳教授、東京医科歯科大学統合研究機構 先端医歯工学創成クラスター 核酸・ペプチド創薬治療研究センターの永田哲也教授、佐野達彦大学院生は東京都医学総合研究所 脳・神経科学研究分野の長谷川成人分野長・認知症プロジェクトリーダーとの共同研究でαシヌクレインをコードするマウスSnca遺伝子を標的としたASOを線維化αシヌクレイン接種により作成されるパーキンソン病異常病理進展動物モデルマウスの脳に局所投与することで投与条件に応じた、病理発現予防および進展抑制効果を示しました。この研究は日本医療研究開発機構(AMED)の革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業における研究課題「第3世代ヘテロ核酸の開発」、先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業における研究課題「次世代血液脳関門通過性ヘテロ核酸の開発による脳神経細胞種特異的分子標的治療とブレインイメージング」、日本学術振興会(JSPS)「科研費助成事業(基盤研究(A)JP22H00440)」などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Acta Neuropathologica Communications (IF=7.1) に、2024年5月14日にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
 aSynはパーキンソン病(PD)等の神経変性疾患で細胞の脱落との関係が示唆されています。PD患者脳でaSynは神経細胞体に存在するレビー小体(LB)および神経突起に存在するレビー神経突起(LN)と呼ばれる異常線維構造として沈着し、病的なリン酸化(pSyn)を含む修飾を受け、生化学的にはサルコシル不溶性が認められます。PD患者脳ではaSyn病理は嗅球および脳幹から出現し病期の進行に伴い他の脳領域へと広がる事が示唆されています。また、培養細胞や動物を用いた実験から線維化aSynが正常な内因性aSynを凝集させることが証明されています。これらの事実からaSynのプリオン※4様病理伝播機序が想定され、主に神経回路を介した進展が示唆されています。内因性のaSyn産生を減少させる事がPDや他のaSyn病の患者の治療戦略として考えられます。
 ASOは細胞内で標的mRNAの分解を特異的に誘導し、対応するタンパク質を減少させます。aSynをコードするSnca mRNAを標的としたASO治療は、PD動物モデルにおける側脳室注射により脳全体のaSynの減少が病理伝播を予防・抑制する事が示されています。
研究グループはSnca ASOの病期に応じた治療効果を評価する為に線維化aSyn線条体接種モデルマウスを用いて、ASOの投与時期と部位毎に、aSyn病理の細胞内および神経回路を介した異常aSyn病理伝播に対する予防・進行抑制効果を示しました。

【研究の概要】
 最初に、野生型マウス脳の左線条体へのASO投与によるSnca遺伝子の発現抑制効果を評価しました。ASO 300㎍投与によりSnca mRNAの抑制効果は、注射部位である左線条体で87%に達し、反対側である右線条体では39%と左右差を認め、その抑制効果は大脳皮質でも観察され、投与部側優位に抑制効果は30日以上持続しました。Snca mRNAに対するISHも結果はqRT-PCRの結果と一致しました。抗PS抗体による免疫染色では、ASOは注射側に優位に分布しており、観察されたSnca mRNAの抑制効果と一致しました。ISHと抗PS抗体免疫染色から得られた結果から、ASOは主に受動拡散によって分布することが想定されました。aSynタンパク質の減少を確認するため、ASO注射の14日後に脳で免疫ブロッティングを行いました。ASO投与部位の左線条体では約68%の減少が認められましたが、右側の脳ではaSynの減少は観察されず、局所投与による脳部位限定的な抑制が達成されました。

 aSyn凝集開始前のASO投与によるaSyn病態予防効果を評価するため、マウス脳の左線条体に線維化aSynを接種する14日前に同部位にASOを投与する条件で評価を行いました。PBS前投与群ではpSynの免疫染色により、一部の神経細胞ではLBと同様に、細胞体に陽性となる封入体を認めました。また、一部の神経細胞では封入体が神経突起に観察され、LNに類似していました。どちらのタイプの封入体も、細胞内封入体の特徴であるユビキチンとp62染色で陽性でした。また、Campbell-Switzer銀染色は陽性で、Gallyas-Braak銀染色は陰性であり、PD患者のLBやLNと同じ性質を示しました。
 この「細胞体」と 「神経突起」 病理を指標としてpSyn陽性となる神経細胞密度を複数の脳領域で比較しました。Snca ASO群では、PBS群と比較して、左線条体で細胞体(95%)および神経突起(92%)陽性細胞密度減少が認められ広範な脳領域での病理出現予防効果を認めました。また、免疫ブロット法でASO群ではサルコシル不溶性pSynの減少(93%)が示されました。ユビキチンとp62の免疫染色でも、Snca ASO群で陽性細胞密度の減少が認められました。ASO投与による細胞毒性や運動機能障害は認められませんでした。

 次にaSyn凝集開始後のASO投与のaSyn病態進行抑制効果を評価するために、マウス脳の左線条体に線維化aSynを接種する同時または 7, 14日後にASOを投与する条件で評価を行いました。 ASO同時投与群では、線維化aSyn単独投与群と比較して、左線条体での細胞体(96%)および神経突起(70%)pSyn陽性細胞密度が減少し、同側の運動皮質、扁桃体等での進行抑制効果を示しました。一方で7, 14日後のASO投与群では、細胞体病理の減少は認めましたが神経突起病理の減少は観察されませんでした。細胞体病理と一致して、サルコシル不溶性pSynはASO同時投与群(98%)および後投与群(83%および90%)のいずれも減少効果が認められました。

 最後にaSyn凝集開始部位から遠隔の脳領域でのASO投与によるaSyn病態進行抑制効果を評価するために、マウス脳の左線条体に線維化aSynを接種する14日前に反対側である右線条体にASOを投与する条件で評価を行いました。pSyn免疫染色でASO投与部位近傍の右線条体、右運動皮質において、pSyn陽性密度の減少を認めました。 ASOを注射した同側の大脳皮質前半分のサルコシル不溶性pSynの減少傾向が認められました。

【研究成果の意義】
 研究グループはSnca ASOの脳内局所投与により、その近傍に限定的な内因性aSynの発現抑制を達成しました。PD患者類似のaSyn病理伝播モデルマウスにおいて、線維化aSyn接種部位である左線条体へのASO注射は内因性aSynを完全に抑制することなく、時間依存的に同部位および神経接続を有する広範な脳領域でのpSyn病理進展を予防または進行抑制し、他の関連病理も減少させました。また、生体内で初めて内因性aSynの発現抑制による神経突起から細胞体への病理進展の抑制を証明し、その一部が可逆的であることを示しました。生化学的には不溶性pSynの減少を認めました。これらの結果から線維化aSynによって誘導されるpSyn病理の開始と細胞内伝播には、一定量の内因性aSynが必要である可能性を示しました。更に線維化aSyn接種部位から遠隔領域でのASO投与で投与部位での病理進行抑制効果を示しました。このことから、パーキンソン病(孤発性及び家族性)、レビー小体型認知症、多系統萎縮症等のシヌクレイノパチーの患者さんに対して、ASOで内因性aSynを完全に枯渇させることなく減少させることで治療可能であることを示しました。加えて、様々な病期に応じた治療応用が可能であることを示しております。現在、シヌクレイノパチーに対してaSynを標的とした抗体医薬品やワクチンが開発中ですが、その効果は細胞内の病理進展には及ばない可能性があり、核酸医薬により細胞内の正常aSynを限定的に制御することで、本来の生理的な機能を保ちつつ病原性aSynの伝播を抑制できる可能性があり、より高い安全性、有効性が期待できると考えられます。

【用語解説】 
※1 パーキンソン病(PD)
パーキンソン病は成人発症の進行性神経変性疾患であり、1000人に1人~1.8人の割合で発症する。65歳以上では100人に約1人で高齢化に伴い患者は増加している。従来、振戦(ふるえ)、動作緩慢、筋強剛(筋固縮)、姿勢保持障害(転びやすいこと)という特徴的な症状から運動系の疾患と考えられてきたが、現在では、認知機能障害、行動障害、睡眠障害、気分障害、注意障害、自律神経障害等の様々な非運動症状を伴う全身性の疾患であると認識されている。

※2 αシヌクレイン(aSyn)
aSynは140アミノ酸残基のタンパク質であり、脳に多く存在している。aSynは神経終末に多く分布し、シナプス小胞と相互作用して小胞リサイクルを生理的に調節する機能が知られている。aSynをコードするSNCA遺伝子の点変異や重複は、家族性のパーキンソン病やレビー小体型認知症の原因となる遺伝子異常として知られている。また、多系統萎縮症や純粋自律神経不全症等の神経変性疾患でもaSynの異常が認められており、αシヌクレイノパチーという疾患分類が提唱されている。

※3 アンチセンス核酸(ASO)
細胞内に存在する RNA等を標的とする核酸医薬で、1本鎖DNAを基本構造として様々な化学修飾が施されている。既存の抗体医薬では標的にできない細胞内のRNAを標的として結合することが可能で、標的RNAから翻訳される疾患に関わる係わるタンパク質を一過性に発現を制御し、これまで治療法のなかった疾患の治療薬の主流となりつつある。主な国内での承認薬としては、脊髄性筋萎縮症に対するヌシネルセン、家族性ポリアミロイドニューロパチーに対するイノテルセン、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するビルトラルセンが有り、現在も複数の臨床試験が進行中である。

※4 プリオン
タンパク質を含み核酸を欠く小型の感染性病原体を指す。異常構造を持ったタンパク質が同一遺伝子由来の正常な細胞内タンパク質を構造変換し、病態が進展すると推測されている。ヒトのプリオン病としてクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)が知られており、急速進行性の認知症を来す。
 


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