News Release

脳に光を当てる!セロトニン中枢が刺激されると何が起こるのか?

光刺激とMRIを組み合わせて、セロトニン放出時の脳の反応を詳しく調べました。

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

覚醒状態のマウスと麻酔状態のマウスにおける背側縫線核の活性化に対する脳の反応の比較

image: 光刺激とMRIを用いて、覚醒状態のマウスと麻酔状態のマウスで脳のセロトニン中枢を刺激したときの効果を比較したところ、両者の活性化レベルには明らかな違いが見られた。 view more 

Credit: Hamadaら, 2024年

私たちの脳は、ニューロンと呼ばれる何百億もの神経細胞でできています。これらの細胞は、神経伝達物質として知られる生体分子を通して互いに連絡を取り合っています。神経伝達物質の一種であるセロトニンは、私たちの脳のセロトニンニューロンによって生成され、記憶、睡眠、気分など、私たちの行動や認知機能の多くに影響を与えています。 

沖縄科学技術大学院大学(OIST)と 慶應義塾大学医学部先端医科科学研究所の共同研究チームは、マウスを用いて、脳内のセロトニンの主要な出力元である「背側縫線核」について調べました。本研究は、脳の「セロトニン中枢」の活性化が、覚醒している動物にどのような影響を与えるかについて初めて研究したもので、その結果、背側縫線核からのセロトニンが行動や意欲に関わる脳の領域の活動を上昇させることが明らかになりました。 

「脳のセロトニンシステムを調べることは、人間がどのように行動を適応させるのか、また抗うつ薬がどのように作用するかを理解するのに役立ちます。しかし、背側縫線核からのセロトニンが脳全体にどのような影響を及ぼすかを研究するのは困難でした。なぜなら、背側縫線核の電気刺激ではセロトニン以外のニューロンも刺激されてしまい、薬物を使用した刺激では、 脳の他の場所のセロトニンニューロンにも影響を及ぼす可能性があるからです」と、OIST神経計算ユニットの元博士課程学生で、英科学誌『Nature Communications』に掲載された本研究論文の筆頭著者の濱田太陽博士は説明します。 

神経計算ユニットによるこれまでの研究で、脳の背側縫線核領域にあるセロトニンニューロンがマウスの将来の報酬に向けた行動を促進することが示されています。濱田博士と共同研究者たちは、このような適応行動を引き起こす脳内のメカニズムを理解したいと考えました。 

「背側縫線核の セロトニンの活性化が行動に強い影響を及ぼすことは分かっていましたが、このセロトニンの活性化が脳のそれぞれの部位でどのように影響するのかは分かっていませんでした」と、神経計算ユニットを率いる銅谷賢治教授は話します。 

セロトニン活性化に対する脳全体の反応を観察する 

研究チームは、特定のニューロンの活動を光で制御しながら脳全体の応答を磁気共鳴画像装置(MRI)を使って計測する「オプト機能MRI」と呼ばれる技術を用いました。研究チームは、マウスの小さな脳を分析するのに必要な高解像度を実現するため、強力な磁場を持つ最新のMRIスキャナーを利用しました。マウスをMRIスキャナーに入れ、一定の間隔でセロトニンニューロンを刺激し、これが脳全体の活動にどのような影響を与えるかを調べました。 

その結果、背側縫線核セロトニンの刺激によって、多くの認知機能に関与する大脳皮質と大脳基底核が活性化されることが分かりました。この結果は、麻酔下で行われた以前の研究とはまったく異なる反応でした。さらに、セロトニン刺激に対する脳の反応は、セロトニンによって活性化するタンパク質である「セロトニン受容体」の分布と、背側縫線核からのセロトニンニューロンの結合パターンと関連していることも明らかになりました。   

「高磁場MRI画像によって、背側縫線核のセロトニンニューロンの活性化によって、覚醒状態と麻酔下それぞれで、脳のどの部位が活性化し不活性化するのかがはっきりと分かります」と濱田博士は話します。「これまでの研究では、大脳皮質や大脳基底核は、麻酔下ではほとんど不活性化することが示され、私たちもそれを観察しました。しかし、覚醒状態ではこれらの脳部位で活動が逆に増加するのです。」 

大脳皮質と大脳基底核は、運動制御や餌などの報酬のための学習など多くの認知プロセスにとって重要な脳領域です。したがって、背側縫線核のセロトニンニューロンの活性化は、行動や意欲の変化につながる可能性があります。  

忍耐とセロトニンの刺激  

光遺伝学と高磁場MRIという新しい技術を組み合わせるには、乗り越えなければならない数多くの挑戦がありました。濱田博士は「OISTでは、共同研究者が以前から使用していた方法を導入・応用し、多くの新しい手順を確立しました。私にとっては、当時の新しいMRI装置を使用することが最大の難関でしたので、根気よく私自身のセロトニンを刺激して忍耐強くなる必要がありました。この研究を開始してから、運動をたくさんするようになりました」と笑います。 

背側縫線核が活性化するのを初めて見たときは、濱田博士にとって特別な瞬間でした。最初のうちは、共同研究者たちが使っていたのと同じ光の強さを使っていましたが、これではMRIで脳の反応を見るには弱過ぎました。そこで、より太い光ファイバーを使って強度を上げ、 背側縫線核を刺激してみました。  

銅谷教授は、次に達成すべき重要なマイルストーンは、脳全体でセロトニンによる活性化がどのようにして起こるのかを正確に理解することだと指摘します。「脳内でセロトニンが活性化する実際の分子メカニズムを解明することが重要です。セロトニンがどのように私たちの気分をコントロールするのに役立っているのかについて知ることは、様々な状況下で自分の行動や考え方をうまく調整したい人にとって役に立つでしょう。」 

銅谷教授の 率いる研究ユニットによるセロトニンの効果に関する先行研究については、こちらをご覧ください。 


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