News Release

移植後の腫瘍形成を阻止できるiPS細胞の新たな重要因子を発見

~残存する未分化iPS細胞を除去し、再生医療で懸念される腫瘍化のリスクを減らす技術開発が可能に~

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

image: 

A safer regenerative medicine process that removes the risk of tumor formation.

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Credit: Atsushi Intoh

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 幹細胞工学研究室の印東 厚助教、栗崎 晃教授らのグループは、ES細胞やiPS細胞が持つ多能性に不可欠なEPHA2というタンパク質を新たに発見しました。このタンパク質は細胞膜に埋め込まれて存在し、一部が細胞の外側に突き出しています。この細胞の外に出ている部位を指標にすると、高い効率でES細胞を捕捉することができることが分かりました。この特性を利用して、移植細胞に残存した多能性幹細胞を取り除くことで、移植後の腫瘍化の発生率を抑えることに成功しました。この発見は将来の再生医療の安全性を高める技術に応用できると期待されます。

今回の研究成果は安全な医療応用技術に繋がるEPHA2の特性をマウスとヒトの多能性幹細胞で証明し、国際科学雑誌 Stem Cells Translational Medicineに 2024年5月29日に公開されました。

【背景と目的】

ES細胞やiPS細胞は様々な細胞になる(分化する)能力を持っていることから、近年機能喪失した臓器や組織の再生医療に応用されつつあります。しかし、移植した細胞中に分化しなかったES細胞やiPS細胞が混入すると、それらは移植後に分化しながら増殖を続けて腫瘍を形成してしまうことが安全面のリスクとして懸念されています。安心して利用できる細胞移植を現実のものとするためには、この腫瘍化する幹細胞を除去する技術開発が求められています。

この課題に対して、幹細胞工学研究室の印東 厚助教、栗崎 晃教授らは細胞膜に埋め込まれるタンパク質(膜タンパク質)に着目し、細胞外に出ている部位を検出することで遺伝子操作や侵襲をすることなく多能性幹細胞を捕捉する技術開発に取り組んできました。そこで、様々な膜タンパク質の特性を研究した結果、今回、がん化の可能性を持つ多能性幹細胞の目印(指標)となるEPHA2を発見しました。

【研究内容】

EPHA2という膜タンパク質は、健常者の体の中ではほとんど見られず、初期胚やガン細胞で見られることがわかっていました。また、印東助教らは以前の研究でこのタンパク質がES細胞でも発現していることを突き止めていました。今回の研究では、まずEPHA2が多能性幹細胞に必要不可欠なものかを調べるため、このタンパク質を作れなくさせたマウスES細胞を作製しました。EPHA2がなくなるとES細胞は幹細胞性を維持することができなくなることが分かりました。さらに、山中ファクターのひとつであるOCT4とEPHA2は連動して発現していることを明らかにしました。さらにEPHA2タンパク質を指標にすると、高い効率でES細胞を捉えることができることも分かりました。

続いてこのEPHA2タンパク質を指標にして、混入したES細胞やiPS細胞が引き起こす腫瘍化を抑制できるかを解析しました。マウスES細胞やヒトiPS細胞を分化させた胚様体の中にはしばしば分化していない多能性幹細胞が残存しています。これらの残存細胞には高い確率でEPHA2が発現していることを見つけました。免疫不全マウスに胚様体を移植する実験では、EPHA2発現細胞を取り除くと移植細胞から腫瘍の発生を大幅に抑制できることを確認しました。今回の解析では肝臓細胞を用いて解析しましたが、このEPHA2を用いた細胞の品質管理は神経組織、肺、腎臓など他の臓器にも適用できる可能性が考えられます。

【社会的意義】

近い将来のヒトiPS細胞を用いた細胞移植の汎用的な医療利用において、移植細胞の品質管理が重要になっていきます。本研究で発見したタンパク質が移植細胞に“ない”ことが安全面でのチェックリストになると期待しています。

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【論文情報】

タイトル: EPHA2 is a novel cell surface marker of OCT4-positive undifferentiated cells during the differentiation of mouse and human pluripotent stem cells

著者: Atsushi Intoh, Kanako Watanabe-Susaki, Taku Kato, Hibiki Kiritani, Akira Kurisaki

掲載誌: Stem Cells Translational Medicine

DOI: 10.1093/stcltm/szae036

【研究室ホームページ】

https://bsw3.naist.jp/courses/courses215.html

【用語解説】

幹細胞性: ES細胞やiPS細胞などの万能細胞が持つ性質で、細胞分裂した際に自分と同じ細胞を作り続ける能力(自己複製)、および様々な細胞になる(分化する)能力(多能性)が挙げられる。

山中ファクター: iPS細胞を誘導する際、京都大学iPS細胞研究所の山中 伸弥教授が用いた4つの遺伝子(OCT4, SOX2, KLF4, c-MYC)。特にOCT4はES細胞の自己複製能と密接に関与している。

胚様体: ES細胞やiPS細胞などの万能細胞を浮遊培養すると形成される三次元の細胞凝集塊である。培養液の条件を変えることで様々な細胞を作り出すことができる手法として広く用いられている。

免疫不全マウス: 遺伝子変異によって免疫能力を欠失したマウスであり、拒絶反応を起こさないことから異なる生物種の細胞移植などの研究に用いられる。


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