News Release

「 真皮と皮膚付属器を有する機能的な皮膚再生 」 ― 細胞競合による長期生着可能な移植用皮膚作成法の開発 ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: 

Figure 1 Schematics of skin graft generation.

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Credit: Stem Cell Therapy Laboratory, TMDU

 東京医科歯科大学 高等研究院卓越研究部門 幹細胞治療研究室の中内啓光特別栄誉教授、長野寿人非常勤講師、同実験動物センター疾患モデル動物解析分野の水野直彬助教の研究グループは、個体発生の環境と細胞競合を利用して、幹細胞由来の移植用臓器を作成する新手法「ニッチ※5侵入法(Niche encroachment)」を開発しました。この手法で作成した幹細胞由来の皮膚は、表皮、真皮、毛包など皮膚付属器を持っており、深い傷にも永久生着し、感染防御・体液保持・体温調整といった様々な皮膚機能を迅速に回復させることが可能です。従来、発生原理を利用して移植用臓器を作成するには、異種動物間のキメラ※6個体を作成する必要がありましたが、ニッチ侵入法は羊水中へのドナー細胞注入でも皮膚の作成が可能で、研究グループはヒト由来のドナー細胞からヒト型皮膚を作成する事にも成功しました。

 この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点C)「動物生体内環境を利用した移植用ヒト臓器の開発」の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)に、2024年4月29日にオンライン版で発表されました。

 

【研究の背景】

 皮膚は外界からの様々な攻撃から我々の体をまもる働きを担う人体で最大の臓器です。皮膚には最外層の表皮と真皮の他、毛髪や汗腺などの皮膚付属器があります。熱傷や外傷などにより皮膚が損傷した場合、患者さん本人の健常な部分から皮膚を採取して移植する手術(皮膚移植:いわゆる植皮術)が必要になることがあります。健常な皮膚がないほど広範囲に損傷した場合、他人の皮膚による植皮術(他家移植)、体外培養した上皮細胞(培養表皮)、組織工学で作成した皮膚代替物などの治療法があります。これらの一部は既に臨床上で一定の成果を得ていますが、いくつかの課題もあります。他家移植は恒久的には生着せず免疫によって拒絶されるため、長期的な皮膚の生着を目的としては使用できません。また、培養表皮やその他の皮膚代替物には真皮層や皮膚付属器(毛包や汗腺)がないため、深い傷への生着が困難なことや皮膚が本来持つ機能を再現できていないなどの課題があります。これらの課題を克服した移植用の皮膚の開発が望まれていますが、複雑な器官や立体構造を模倣することが困難なため、未だに達成できていません。研究者グループらは複雑な器官や立体構造を構築するために生物個体の環境を利用する臓器作成法を新たに開発し、これまでの皮膚代替物を超える正常皮膚に近い移植用皮膚の作成を目指しました。

 

【研究成果の概要】
 研究グループは、ゲノム編集※7によってp63の機能を破壊した(p63ノックアウト)マウス受精卵とマウス多能性幹細胞とのキメラマウスを作成し、真皮と付属器を持つ多能性幹細胞由来の皮膚を作成することに成功しました。

 p63遺伝子は、皮膚のバリア機能を担う表皮の成長に重要な遺伝子で、この遺伝子の機能を失うと、表皮細胞が正常に分化せず、薄く剥がれやすい表皮となります。このp63ノックアウトマウス受精卵とp63の機能が正常なマウス多能性幹細胞を混ぜ合わせてキメラマウスを作成すると、多能性幹細胞由来の正常な表皮細胞が、隣接したp63ノックアウトマウスの「剥げやすい表皮細胞」を徐々に引き剝がしていき、最終的に多能性幹細胞のみに由来する表皮と付属器を構築することを発見しました。このように正常な細胞が隣接する異常細胞を取り除いていく現象は、近年発見された新しいタイプの細胞間相互作用で「細胞競合」と呼ばれます。多能性幹細胞由来の表皮は、細胞競合の原理に基づき、自己の成長に必要な環境(ニッチ)をp63ノックアウト胎仔から奪い取りながら、毛包などの複雑な器官を形成します。研究グループは、この細胞競合を利用した臓器作成法を「ニッチ侵入法」と名付けました。ニッチ侵入法の利点として細胞競合によって臓器が多能性幹細胞由来の細胞に徐々に置換されていくため、臓器不全による胎仔発生異常を回避できる点があります。個体の発生環境を利用する臓器作成法として研究グループが過去に開発した胚盤胞補完法※8では、遺伝的に特定の臓器を完全欠損する動物を利用して、ドナー多能性幹細胞由来の臓器を作成していました。ドナー型の臓器が構築されるまでの間は、胎仔が一時的に臓器不全となるので、発生遅延や胎仔致死のリスクがあり、目的の臓器作出の効率が低下するリスクがありました。一方、ニッチ侵入法では臓器が欠損することがなく徐々に置き換わっていくため、これらの問題を回避することが可能です。


 研究グループは次に、ニッチ侵入法で作成したマウス皮膚を移植片として利用できるかについて、移植実験で検証しました。一般に皮膚は他の臓器と比較して免疫原性が強いため、強力な免疫抑制剤を使用した場合でも他家移植(他人の皮膚による植皮術)すると短期間で拒絶されてしまいます。今回作成したマウス皮膚の移植片の中にも、他家移植と同様に拒絶の原因となりうる自己の細胞以外の成分、具体的には真皮中の毛細血管などが含まれていましたが、免疫抑制剤の投与を行わなくても移植片は永久生着しました。しかも移植後の皮膚片からは、付属器である毛包からの発毛が長期で見られました。この結果は、皮膚移植における免疫反応の主因は、真皮ではなく表皮細胞への拒絶反応であることを示唆します。


 さらに、受精卵と多能性幹細胞とのキメラ作成ではなく、発生途中のマウス胎仔の羊水中にヒト表皮幹細胞を注入してヒト型の皮膚を作成することにも成功しました。ヒト表皮幹細胞はマウス胚体表上の広い範囲に拡大・増殖しており、ニッチ侵入法によって効率的にヒト型の皮膚へ成長できることが示唆されました。胚盤胞補完法で移植用臓器を作るためには、キメラ個体の臓器に成長できるような高品質の多能性幹細胞を作成する必要がありますが、ニッチ侵入法では必ずしもキメラを作成しなくても組織幹細胞を用いる事で移植用の臓器を作成できる可能性があることが示されました。

 

【研究成果の意義】

 本研究により、p63ノックアウト胎仔の発生環境と細胞競合により効率的に移植用皮膚を作成できることが明らかになりました。本研究結果をマウスよりも妊娠期間の長いブタなどの大動物へ応用することで、毛包等の全ての皮膚構成要素を備える完全なヒト皮膚を作成できる可能性が示唆されます。深い傷にも生着が可能で、皮膚のバリア機能を迅速に回復させつつ、毛包や汗腺などの本来の皮膚の構成要素である付属器を併せ持った移植用皮膚を作成することは、外傷や熱傷などの治療において患者さんの救命のみならず、その後の生活の質の改善にも大きく貢献することが期待されます。

 

【用語解説】

※1細胞競合・・・・・・・・2種類の性質の異なる細胞が隣接した際に、適応度の高い片方の細胞のみが生き残り、もう片方の細胞が選択的に排除され細胞死が誘導される現象。生体内では正常細胞ががん細胞を排除するときなどに生じる現象として知られている。

※2多能性幹細胞・・・・・・・・胎盤を除く体を構成する様々な種類の細胞へ分化することが可能な細胞で、ES細胞やiPS細胞などが知られている。受精卵と混合することで2種類の異なる遺伝子を持つキメラ動物ができる。

※3皮膚代替物・・・・・・・・皮膚の表皮細胞や線維芽細胞を体外で培養して作成した人工の皮膚。表皮や疑似的な真皮様構造の構築に一部成功したものはあるが、複雑な器官である毛包等の付属器を持つ皮膚代替物の作製が達成できていない。

※4皮膚付属器・・・・・・・・皮膚に存在する毛包、汗腺、皮脂腺などの器官で様々な皮膚機能を司っている。皮膚付属器は表皮と同様に表層外胚葉と呼ばれる幹細胞を共通の起源として持ち、原則として器官形成期と呼ばれる胎仔発生の時期(胎仔が子宮内で成長している時期)にしか作られず、大人になってから新たに増えることはない。

※5ニッチ・・・・・・・・細胞自身が自己の能力を十分に発揮するために必要な微小環境。ニッチの存在下で幹細胞は適切に分化し目的の器官・臓器へ成長する。

※6キメラ・・・・・・・・キメラとは2つ以上の遺伝的背景の異なる細胞によって構成された個体で、着床前受精胚へ多能性幹細胞を顕微注入(マイクロインジェクション)することで作ることができる。この受精胚を代理母の子宮環境で育てると、遺伝的に異なる細胞が混在した動物個体が得られる。

※7ゲノム編集・・・・・・・・ゲノムDNAの特定の遺伝子を狙って改変する技術。遺伝子の機能の喪失(ノックアウト)や新しい遺伝子の挿入(ノックイン)などが可能である。最近ではCRISPR-Cas9(細菌や古細菌の有する適応免疫であるCRISPR/Cas9システムをもとに開発された遺伝子改変技術)によるゲノム編集が頻用されている。

※8胚盤胞補完法・・・・・・・・遺伝的に特定の臓器が欠損する動物の着床前受精胚(胚盤胞)に、正常な多能性幹細胞を注入しキメラを形成すると、一定の頻度で、本来は欠損するはずだった臓器が多能性幹細胞由来の臓器で補われる。この機序を利用すると、患者さん本人の多能性幹細胞から、移植用の臓器を作成する事ができる。

 


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