東京医科歯科大学歯学部の中島友紀教授、同大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学分野の林幹人准教授、同大学院歯周病学分野の岩田隆紀教授、片桐さやか准教授、大杉勇人助教、劉安豪大学院生、および大阪大学免疫学フロンティア研究センター自然免疫学研究室の審良静男教授らの研究グループは、既存の結紮誘導型マウス歯周炎モデルを改良し、経時的・網羅的な解析を行う事により、歯周炎の発病過程における歯根膜組織の重要性を見出しました。さらに、歯周組織常在型の特殊なマクロファージの存在が示唆され、IL-33/ST2経路がこの細胞を介し歯周炎の骨破壊急性期における炎症調節作用を発揮する事を生体レベルで明らかにしました。この研究は、日本医療研究開発機構の革新的先端開発支援事業AMED-CREST「骨恒常性を司る骨細胞のメカノ・カスケードの解明」(研究開発代表者:中島友紀)およびPRIME「加齢に伴うオステオカインの変化がもたらす個体機能低下機構の解明」(研究開発代表者:林幹人)、科学技術振興機構の創発的研究支援事業 「口腔内細菌叢破綻の生涯に渡る代謝への影響」(研究代表者:片桐さやか)、科学研究費補助金、武田科学振興財団、アステラス病態代謝研究会等の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は国際科学誌Nature Communicationsに、2024年3月28日にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
歯周病は世界人口の約19%が罹患しており、歯の喪失に至る最も代表的な疾患であると同時に、近年では様々な全身性疾患と関連している事も明らかになってきました。その発病率は年齢とともに上昇する傾向にあり、人生100年時代に突入しつつある昨今、従来の予防法や治療法の最適化はもちろん、より抜本的で利便性の高い治療・予防法が世界レベルで求められおり、各国がその研究に力を注いでいます。
歯周病は従来より細菌関連性疾患として認識されてきましたが、近年では宿主の免疫応答も重要であると考えられるようになり、その研究に注目が集まっています。しかしながら、既存研究の多くはモデル動物としてマウスの第二臼歯のみを対象とした結紮歯周炎モデル※1を使用し病態を模擬していたため、技術的および量的な制限から歯肉組織以外に対する解析は難しいものでした。歯周組織は歯肉、歯根膜、歯槽骨、セメント質からなる複合的組織であり、歯肉炎の段階では歯肉のみが影響を受けますが、歯周炎の病理過程においては連動的に破壊されることが知られています。特に、歯根膜と歯槽骨の破壊は歯周炎の診断基準ともされているため、それらに対する分析が欠如していた既存の研究結果は歯周炎の病態発生を部分的にしか反映できておらず、その全容に対する理解が制限されている現状にありました。
【研究成果の概要】
そこで本研究グループは、まず歯周炎の発病過程をより詳細に解析するため、炎症を惹起する範囲を広げる事により、歯肉(GT)、歯根周囲(歯根膜:PRT)、並びに歯槽骨(BT)組織の3部分へ安定して分離できる改良型モデルを作成し、その有用性を確認しました。そして本モデルにおいて、経時的・組織別に炎症および破骨細胞分化関連の遺伝子発現を解析した所、結紮後5日目のPRTにおいて、炎症性サイトカインであるIL-6(Il6)、そして骨破壊をもたらす破骨細胞の分化を左右するRANKL(Tnfsf11)の発現が顕著に上昇していたので、フローサイトメトリー法を用いてIL-6とRANKLを産生している細胞を分析したところ、両者ともThy-1.2陰性の線維芽/間葉系細胞が主なソースであることが判明し、骨破壊の惹起において重要な役割を持つ可能性が示唆されました。
次に、より網羅的にこの過程を解析するため、結紮後5日目の3組織に対し、RNA-seq法による網羅的解析を実施しました。その結果、PRTにおいてIl1rl1遺伝子の発現が顕著に上昇していることが見出されました。また、RNA-seqによる免疫細胞の組成予測ではマクロファージが主体となっており、免疫細胞の中ではマクロファージが歯周炎の発病、特に骨破壊に移行する過程における関与が示唆されました。
Il1rl1遺伝子はST2というタンパク質をコードし、IL-33※2の受容体(mST2)として機能すると同時に、デコイフォーム(sST2)でも翻訳され、IL-33を不活化する一面も有しています。そこで、我々は本分子の作用がmST2によるシグナル伝達により生じているか、それともsST2の分泌により生じているかを、生体レベルで明らかにするために、ST2とIL-33両系統のノックアウトマウス※3にて歯周炎を惹起しました。その結果、どちらのマウスでも炎症性骨破壊の増悪が観察されたことから、IL-33/ST2経路のもたらすシグナルは、歯周炎の発病過程において保護的に機能すると考えられました。
そのメカニズムをより明確にするため、mST2陽性細胞の組成を分析したところ、それらの多くはマクロファージ系の細胞でした。マクロファージは活性化の過程を得て、主にM1(炎症促進)とM2(炎症抑制)の2種類に分類されることが知られていますが、mST2を発現していた細胞はM1とM2両者の一部マーカーを同時に発現することや、炎症惹起前よりPRTに存在するなどの特殊性を有していたため、我々はそれらの細胞を歯周組織常在型マクロファージ(Periodontal Tissue-Resident Macrophage, PTRM)と定義しました(図3b)。また、炎症状態の評価基準の一つであるM1/M2マクロファージ比を調べた際には、M2マクロファージの減少により、ノックアウトマウスにおいては野生型マウスの2倍になっていたことから、炎症促進の方向へと傾いており(図3c)、好中球の増加(図3d)と共に炎症性骨破壊の増悪に寄与している要因だと考えられました。
【研究成果の意義】
現状、慢性歯周炎の治療はその進行を食い止め、症状をコントロールすることが目標であり、破壊された歯周組織を元通りにする、いわゆる「治癒」は実現できていません。そのため、歯周炎の前段階である歯肉炎自体を予防することが重要視されておりますが、疾患の予防と早期撲滅に関して非常に重要な問題である「何故骨破壊が起こり、歯肉炎が歯周炎に移行するのだろうか」に関しては、あまり議論されていませんでした。
本研究の成果は、歯周病における炎症と骨破壊を調節する新規IL-33/ST2分子経路と歯根組織に存在する特定のマクロファージが関与する可能性を提示したことから、新たな歯周病治療および予防法開発につながることが期待されます。
【用語の説明】
※1マウス結紮誘導型歯周炎モデル
マウスの上顎臼歯に絹糸を結紮し、プラークを蓄積させることで歯周病を人為的に誘導する疾患モデル。2012年にHajishengallisらにより初めて提唱され、その有効性から現在歯周炎の研究で幅広く使用されている。
※2IL-33(インターロイキン-33)
IL-33はインターロイキン-1(IL-1)ファミリーに属し、ST2(遺伝子名:Il1rl1)を受容体とするサイトカイン。その作用は宿主防御、免疫調節、神経損傷、炎症など多岐にわたることが知られている。
※3ノックアウトマウス
遺伝子操作により特定の遺伝子を欠損させたマウス。遺伝子産物の機能が不明な場合にその機能を推定するために作製、使用される。
Journal
Nature Communications
Article Title
The IL-33/ST2 axis is protective against acute inflammation during the course of periodontitis