私たちの細胞は毎日、懸命に増殖しています。細胞分裂は非常に精密なプロセスで、時にこのプロセスがうまくいかないためにがんのような病気を引き起こします。細胞分裂期は、細胞周期における最も重要な段階の一つです。この段階で細胞のDNAが同一の染色体2本に分かれ、遺伝的に同じ娘細胞二つに分裂します。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の細胞増殖・ゲノム編集ユニットを率いるフランツ・マイティンガー准教授と、同ユニットのポストドクトラルスカラー ハズラト・ベラル博士、カリフォルニア大学サンディエゴ校の共同研究者らが、細胞分裂の期間を測定することにより、潜在的に危険な細胞の増殖を防ぐ分子メカニズム「分裂期ストップウォッチ複合体」を発見しました。科学誌『サイエンス』に発表した論文で、研究チームはこのメカニズムは、細胞分裂に要する時間が長くなるにつれて強くなり、生体を守るために異常な細胞を除去することにつながることを明らかにしました。
「分裂期ストップウォッチ複合体」とは
通常、細胞が分裂するときには、遺伝情報を伝えるDNAを含む糸状の構造体である染色体の正確なコピーが作られ、新しい娘細胞はそれぞれ完全なコピーを受け取ります。しかし、細胞分裂に異常が生じると、ある細胞では染色体の数が多くなりすぎ、もう一方の細胞では染色体の数が足りなくなるという染色体分離異常が生じることがあります。
分裂期は通常30分程度で完了しますが、細胞に欠陥がある場合、染色体を整列させて娘細胞に分離させるのにもっと時間が必要になります。この遅れにより、研究者たちが「分裂期ストップウォッチ」と呼ぶ複合体が形成されます。分裂期ストップウォッチは、細胞が分裂に通常よりも長い時間を要したときに形成されます。
「この複合体は、正常な分裂期間中には形成されません。通常よりも時間がかかったときにだけ形成されます。細胞分裂の欠陥は、細胞によって直接は認識されません。細胞が測定できるのは、細胞分裂にかかる時間であり、細胞はその情報を使って分裂がどれくらいうまくいっているのかを検知するのです」とマイティンガー准教授は説明します。「私たちは、この分子メカニズムがどのようにしてがんの発生から生体を守っているのか理解しようと試みました。」
この複合体は、分裂が始まって30分後に形成され始め、細胞が通常よりも長い分裂期間を終えた後、新しい娘細胞で活性化します。この活性化は、細胞周期の恒久的な停止や、細胞死を引き起こす他の因子を誘発します。
「分裂期間が長引いて、シグナルが十分に蓄積されると、即座に細胞周期の停止や細胞死が引き起こされます。一方で、細胞分裂が中間的に長引いた場合、このストップウォッチ複合体が部分的に活性化されます。そのため、細胞は分裂を続けることはできますが、再び次の分裂期が長引くと、細胞周期は停止します」と論文著者のベラル博士は語ります。
これまで、細胞分裂の長期化と細胞増殖の停止の間に関連があることは分かっていましたが、細胞が分裂の長期化をどのように「感知」して、細胞増殖の停止を引き起こすのかは分かっておらず、本研究で初めて、その仕組みが明らかになりました。
分裂期ストップウォッチ複合体は、p53結合タンパク質1、USP28、p53タンパク質の三つのタンパク質で構成されています。これらのタンパク質は、細胞分裂が異常に長い時間(30分以上)かかったときだけ相互作用します。分裂期が長時間続く間、複合体はどんどん形成されます。複合体が形成されればされるほど、その効果は強くなり、細胞の種類によっては細胞周期の停止や細胞死に至ります。
がん抑制因子として知られるp53タンパク質は、損傷を受けた可能性のある細胞の増殖を阻止します。研究チームは、PLK1(キナーゼ)と呼ばれる酵素が複合体形成の引き金になっていることを発見しました。PLK1は正常な分裂期の間にも活性を示します。興味深いことに、理由はよく分かっていないものの、PLK1は分裂期が長引いたときにのみストップウォッチ複合体の形成を誘導します。
複合体が形成されると、がん抑制因子であるp53タンパク質を安定化させ、活性化させます。p53タンパク質はその後、転写因子(遺伝子のスイッチを切ったり入れたりするタンパク質で、遺伝子の発現を適切な細胞で適切なタイミングで行われるように制御する)として機能します。今回の発見により、分裂期の長期化におけるこれらのタンパク質の役割と、がんの原因となり得る潜在的に危険な細胞の除去における役割に関して、新たな知見が得られました。
「細胞周期を停止させるには十分ではない量の複合体が作られたとき、複合体は孫細胞でも安定化したまま蓄積します。孫細胞は、祖母細胞の分裂が中途半端に長引いた状態を記憶しているのです」とマイティンガー教授は話します。
分裂の遅延は、私たちの体のどの細胞でも発生する可能性がありますが、正常細胞ではあまり見られません。分裂遅延は損傷を受けた細胞で起こりやすく、分裂期ストップウォッチはこのような細胞を除去する監視役として働く可能性が高いと考えられています。がん細胞では、さらに長時間遅延する欠陥のある細胞分裂がしばしば見られます。これらの細胞では、細胞のがん化を促進する異常な細胞分裂を維持するように変異しているため、この分裂期ストップウォッチ経路が不活性していることが多いのです。
細胞の運命
これらの細胞経路をモニタリングするため、研究チームは、ライブセルイメージング(生細胞イメージング)を用い、顕微鏡下で細胞を3日以上継続的に観察しました。まず、分裂阻害剤を用いて、分裂期を一時的に阻害し、数時間後に細胞が分裂期から抜け出せなくなる「遅延状態」を作り出しました。その後、阻害剤を除去し、細胞分裂を再開させました。
この観察を3日間続け、細胞が分裂を続けるか、停止するか、死滅するかを確認しました。その結果、細胞分裂が長引いた際、細胞はそれをどのように感知し、細胞周期の停止や細胞死を誘発するかを明らかにすることができました。
この実験で最も困難だったのは、細胞を追跡することだったと、ベラル博士は話します。細胞はよく動くので、顕微鏡の画角からはみ出すこともあるからです。各実験では、少なくとも160個の細胞を分析する必要があり、正常細胞やがん細胞における分裂期ストップウォッチのメカニズムやその機能を明らかにするために、多くの実験を行う必要がありました。すべての細胞を一つひとつ分析しなければならず、このような綿密な作業を繰り返すことにより、細胞が様々な状況下でどのように遅延した細胞分裂に反応するかを明らかにすることができました。
研究チームは、CRISPR-Cas9と呼ばれる技術を用い、特定の遺伝子をオフにし、p53タンパク質への影響を調べました。その結果、いくつかの遺伝子変異がp53タンパク質の働きを停止させることが分かりました。さらに理解を深めるため、研究チームは現在、分裂期ストップウォッチ複合体を形成するタンパク質を研究し、それらが異なる条件下でどのように相互作用するかを調べています。
分裂期ストップウォッチを特定することにより、臨床に応用できる可能性があります。がんの中には、ストップウォッチの活性を維持するものがあります。ストップウォッチの活性があることで、それらのがんは、分裂阻害剤(細胞分裂を標的とすることでがん治療に重要な役割を果たす)に対し、感受性を示します。これらの薬剤は現在、臨床で使用され、また開発中のものもあります。
「個々のがんにおける分裂期ストップウォッチの働きを調べることができれば、これらのがんが分裂阻害剤による治療にどのように反応するかを予測できるようになるかもしれません」とマイティンガー准教授は話します。研究チームは、今回の発見が最終的に特定のがんの治療に役立つことを期待しています。
Journal
Science
Article Title
Control of cell proliferation by memories of mitosis
Article Publication Date
28-Mar-2024