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「 損傷ミトコンドリアがオートファジーで選択的に分解される作用機序を解明 」 ―ALSの原因タンパク質がオートファジーの初期膜形成に必須―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

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Pre-autophagosome membrane captures damaged mitochondria and other cytosolic components to become an autophagosome. Autophagosome fuses with lysosome and the materials inside are degraded.

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Credit: Department of Biomolecular Pathogenesis, TMDU

 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 機能分子病態学分野の山野晃史准教授と松田憲之教授の研究グループは、名古屋大学、東京都医学総合研究所との共同研究で、筋萎縮性側索硬化症や緑内障の原因遺伝子産物であるOptineurinが損傷ミトコンドリアとオートファジー膜の接触部位に集積し、同じく筋萎縮性側索硬化症の原因タンパク質であるリン酸化酵素TBK1を活性化することで、損傷ミトコンドリアの分解を誘導することを発見しました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「ケモテクノロジーが拓くユビキチンニューフロンティア」、学術変革領域研究(A)「タンパク質寿命が制御するシン・バイオロジー」、日本医療研究開発機構AMED-CREST 「翻訳後修飾によるオルガネラ・ホメオスタシスの分子機構と生理作用の解明」、武田科学振興財団、難治疾患共同研究拠点経費の支援のものでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌EMBO Journalに、2024年1月29日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】
 ヒトは37兆個もの細胞で構成されています。細胞は生命の基本単位ですが、細胞の中にはさらに複雑な膜系構造体(オルガネラ)が存在しています。ミトコンドリアはオルガネラの一つで、生命活動に必要なエネルギーの大部分を産生しています。しかし、ミトコンドリアはエネルギー産生の代償として、ある一定の頻度で損傷を受け、細胞にとって害となる「損傷ミトコンドリア」となってしまいます。我々の細胞には、損傷ミトコンドリアを選択的かつ適切に排除するシステム(オートファジー)が存在していますが、この分解システムが何らかの原因で機能しなくなると、パーキンソン病などの神経変性疾患を発症すると考えられています。
 機能分子病態学分野の研究グループは、遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子に注目して研究を開始し、これまでに「損傷ミトコンドリアはユビキチン鎖※3で修飾され、オートファジー※4で選択的に分解されること、これによって細胞の恒常性が維持され、パーキンソン病の発症を抑えていること」を明らかにしてきました。しかし、ダイナミックな膜動態を示すオートファジーの分子機構は非常に複雑で、なぜ損傷ミトコンドリアの周辺のみでオートファジーの膜構造が出現・伸張するかについては多くの謎が残されていました。
 

【研究成果の概要】
 機能分子病態学分野の研究グループは、筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子産物であるTank-binding kinase 1(TBK1)に着目しました。TBK1は免疫系のシグナル制御分子であるとともに、損傷ミトコンドリアのオートファジー依存的分解にも重要なリン酸化酵素であることが知られています。また、TBK1はその機能を発揮するためには自己リン酸化によって活性化する必要があります。実際、培養細胞において、ミトコンドリアの膜電位を消失させ、ミトコンドリアを人為的に損傷させるとTBK1が自己リン酸化を介して活性化することがわかりました。また、活性化したTBK1は損傷ミトコンドリアとともに速やかにオートファジーで分解されることがわかりました。さらに筋萎縮性側索硬化症の原因となるアミノ変異によっても、TBK1の自己リン酸化が顕著に抑制され、損傷ミトコンドリアの分解が阻害されることを突き止めました。
 

 次に、研究グループは、TBK1と相互作用し、同じく筋萎縮性側索硬化症の発症に関与するOptineurinに注目しました。Optineurinはその分子内にユビキチンとオートファジー駆動分子の両方に相互作用するドメインをもつことを以前に報告しています(山野ら2020年Journal of Cell Biology)。今回、Optineurinのもつ「オートファジー駆動分子との相互作用ドメイン」を欠損させると、Optineurinは損傷ミトコンドリアへとリクルートされるものの、オートファジー膜近傍への集積が阻害されること、そしてTBK1の活性化が減弱することがわかりました。同様の結果はTBK1の遺伝子欠損でも観察されました。つまり、TBK1の遺伝子を欠損させると、Optineurinの損傷ミトコンドリア周辺への集積が顕著に阻害されたことになります。これらの結果から、多分子のOptineurinが損傷ミトコンドリアとオートファジー膜の接触場を形成し、かつそこに集積することで、TBK1を互いに近接させ、TBK1の自己リン酸化を誘導していることが示唆されました。
 
 この仮説を検証するために、名古屋大学の研究グループと共同で、Optineurinに特異的に結合する人工抗体を開発しました。人工抗体を細胞に発現させると、Optineurinの損傷ミトコンドリアへの集積が阻害されるとともに、TBK1の活性化が阻害され、損傷ミトコンドリアの分解も阻害されることがわかりました。すなわち、人工抗体という物理的な因子の介入によってOptineurinの集積をブロックし、損傷ミトコンドリアの分解を制御できたことになります。
 

【研究成果の意義】
 今回の研究で、オートファジーによって損傷ミトコンドリアが選択的に分解される新しい仕組みが明らかになりました。リン酸化酵素の多くは、細胞の刺激やストレスによって活性化し、下流のシグナルをオンにする機能を持っています。本研究で、TBK1が損傷ミトコンドリアの分解というシグナルによって、活性化のスイッチがオンになることを見出しました。さらにOptineurinが損傷ミトコンドリアとオートファジー膜との接触部位を形成する能力をもつこと、およびそれを利用して、複数のTBK1が一箇所に集積し、活性型へと変換されることを発見しました。このようなリン酸化酵素の活性化メカニズムはこれまでに知られておらず、新規の活性化機構です。
 損傷ミトコンドリアの選択的分解は、超高齢化社会を迎える日本において、健康寿命を考える上で非常に重要な課題です。また、世界中でも精力的に研究がなされています。本研究で得られた知見に基づき、パーキンソン病と筋萎縮性側索硬化症の発症機序・分子機構の共通点を見出し、引き続き、神経変性疾患の根幹に潜む分子機構の解明に取り組んでいきます。

【用語解説】
※1パーキンソン病・・・・・・・・手のふるえ、動作困難・歩行困難などの運動障害を呈する神経変性疾患であり、孤発性と遺伝性に大別されます。孤発性パーキンソン病は、患者全体の8-9割を占めますが、環境要因や生活習慣などの複雑な要因のため、発症の根本的原因を突き止めることが非常に困難です。一方、遺伝性パーキンソン病は単一の遺伝子変異によって発症するため、発症原因を特定しやすいという研究上のメリットがあります。遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子産物であるParkinやPINK1は損傷ミトコンドリアにユビキチン鎖を付加する働きをしており、損傷ミトコンドリアの分解に必須であることが知られています。

※2筋萎縮性側索硬化症・・・・・・・・運動ニューロンが変性脱落する進行性の神経変性疾患です。全身の筋肉が徐々に萎縮して筋力が低下していく難病であり、発症の根本的な原因も不明で、治療法の確立も難航しています。

※3ユビキチン・・・・・・・・細胞の中で他のタンパク質に結合する小さなタンパク質です。タンパク質性の翻訳後修飾因子として知られ、ユビキチン同士が数珠状に結合したユビキチン鎖となって、分解の目印として機能します。ユビキチン修飾を受けたタンパク質はプロテアソームと呼ばれる装置で分解されることは古くから知られていましたが、ミトコンドリアのような膜構造体をオートファジーで分解する目印にもなることがわかってきました。

※4オートファジー・・・・・・・・細胞内のタンパク質を分解するための仕組みです。分解対象物を膜で囲み、リソソームと融合することで内容物を分解します。オートファジーは個体の発生、神経変性疾患や癌の抑制に関与することが知られています。オートファジーの仕組みを解明した功績により、大隈良典博士は2016年、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
 


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